フィナーレ・人類絶滅

うえだたみお


 二〇〇〇年十二月三十一日、二十世紀最後の日。
 こたつ探偵の家に、みかん探偵と紅白探偵が訪れていた。
 この三人はJDCの同期生であり、明日……すなわち、二十一世紀最初の日を持って第二班に昇格することが決まっている。活躍できる時期が限られているため解決した事件の数は少ないが、その推理力は総代からも一目置かれていた。
 こたつにあたりながらみかんを食べ、今年一年の事件を振り返ったりしているうちに、紅白歌合戦が始まる時間が来た。紅白探偵がテレビをつけ、NHKにチャンネルを合わせる。今年の紅白歌合戦は、JDCにとっても重要な意味を持っているのだ。


 紅白歌合戦のオープニングが始まった。日本……いや、世界を代表する歌手たちが続々とNHKホールの舞台に上がってくる。その様子を見ながら、紅白探偵は難しい顔をして黙り込んでいた。どうやら、さっそく推理が始まったらしい。
「どうしたの? 考え込んじゃって。今、抱えてる事件はないはずでしょ?」
「うん……考えていたのは、『人類絶滅計画』のこと」
「またぁ? それは、単なる噂でしょ?」
「そうかもしれないんだけど、気になることがあるの……。ねえ、『人類絶滅計画』の作戦名、覚えてる?」
「作戦名は『ムトゥ・ククジョ』。でも結局、この言葉の意味はわからなかったのよね」
 JDC内部でも、人類絶滅計画を本気にする探偵は少なかった。興味を持った何人かの探偵が『ムトゥ・ククジョ』という言葉の意味を調査したようだが、謎を解くことはできなかった。世界中の言語を調べても、これに相当する言葉は発見できなかったのだ。
「意味がわかったのよ、たった今。これは……やはりアナグラムだったんだわ」
「アナグラム……すると……」
 紅白探偵は新聞にはさまっていたチラシの裏に走り書きをした。

 ムトゥ・ククジョ
   ↓
 MUTU・KUKUJO
   ↓
 TUKUMO・JUKU
   ↓
 九十九十九

「九十九十九! どうして九十九さんの名前が!」
「理由はまだわからないわ。でも……」
 紅白探偵は五つ目のみかんに手を伸ばした。
「今夜の紅白歌合戦が重要な意味を持っていることは確かね。JDCにとって、だけではなく、人類にとって」


 JDCを代表する探偵、九十九十九が突如歌手としてデビューしたのは今年の夏のことである。天使のような声で純粋な「愛」を歌い上げる『コズミック・フィナーレ』はたちまちヒットチャートのトップに駆け上がり、紅白歌合戦への出場も決定した。十九のファンは世界中に存在するため、今日の放送は世界中に衛星中継されている。
 十九の出番は最後……すなわち、大トリであった。


「でも、どうして九十九さんは突然歌手になったりしたのかしら?」
「それも謎の一つね。九十九さんは、理由については何も言っていない。総代に尋ねられても答えなかった、という話よ」
「今夜の紅白歌合戦……何か恐ろしいことが起きそうな気がする……」
「サングラスの件と関係があるのかしら?」
「……あるかもね」
 今夜、十九は歌い終わったあとにサングラスをはずすことになっている。今まで決して素顔を人前にさらすことのなかった彼がなぜサングラスをはずす気になったのか、その理由はわからない。しかしこの件は、数日前からテレビや新聞を通じて大々的に予告されていた。


 紅白歌合戦も終盤に差し掛かっている。画面ではちょうど、小林幸子が衣装とも舞台装置ともつかない巨大な物体に搭乗(?)して歌っているところだ。
 視聴率はこの時点で、すでに90%を超えている。もちろんこれは日本だけでなく、世界中の視聴率である。
 紅白探偵がつぶやく。
「あの小林幸子の衣装……なんだか戦艦みたいに見えない?」
「そういえば……あれが艦橋で、あれが主砲で……」
「物騒な衣装ね。ほとんど人間凶器だわ」
「人間凶器……いや、人間凶器は小林幸子ではなく九十九……」
 そこまで言うと、紅白探偵はいきなり立上がって叫んだ。
「NHKに電話して! すぐに放送を中止させるのよ!」
「ど、どうしたのよ一体?」
「説明しているひまはないわ! 早くしないと……」
 しかし、画面ではすでに十九が歌い始めていた。
 視聴率は99.9%に達している。
「だめ! テレビを消して!」


 十九の歌、『コズミック・フィナーレ』が終わる。
 十九がサングラスをはずす。
 カメラがそれをアップでとらえる。
 一発の銃声が響き、十九の胸に鮮血の花が咲く。
 十九の完璧な美貌が苦痛にゆがむ。
 完璧な美と完璧な醜が一つの顔に同時に存在している。
 この世のものとは思えないほど美しく、この世のものとは思えないほど醜い。
 その顔を見た者は全員、言語を絶する衝撃を心臓に受けた。
 心臓が停止する。


 そして、人類は絶滅した。



(この物語はフィクションであり、実際の人類絶滅計画とは関係ありません)

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