すべてがFになっている

阿東

「浅野川先生ーーーっ」
 ここ、県立T大学工学部の研究棟の廊下に、若い女性の声とその足音が響いた。その声に反応してか、一室のドアが開く。そこから顔を覗かせているのは、その部屋の住人にして今名前を呼ばれた浅野川助教授である(地元民の拘り)。
「東之園君、君ね……、こんな所で大声を出しちゃあかんよ」
「あかんよ、じゃないですよ先生っ。一体どこの人ですかっ」
「エレガントじゃないね。ともかく中に入りなさい。迷惑だろう」
(先生は私を迷惑だと思っている……)
 悲しみにくれて廊下に突っ伏した東之園萎絵をひきずって、後ろ手にドアを閉める。
「やれやれ……」
 浅野川はため息をつき、萎絵に睨まれて肩をすくめた。仕方がない、というような顔をし、コーヒーメーカーを取り出す。
「あ、先生。私がやります」
 どうやら萎絵は立ち直ったらしい。早いものだ。
「それで?一体どうしたというんだ」
「先生、これを見て下さい」
「これ?」
 萎絵は浅野川のパソコンを操作し、インターネットエクスプローラをたちあげた。
「ほら、これですよ、このホームページ」

これ

「おわっ」
 浅野川は思わずマウスを右クリックし、BACKした。
「い、今のは何なんだい?」
「さぁ……たまたまみつけたんですよね。何かあるのかしら……」
「いや、何もないんだろう?」
 そう言って浅野川はマウスを動かす。萎絵が横からのぞき込んだ。
「先生の指ってきれいですね……」
「ぶっ」
「きったなぁい……。先生、コーヒー吹き出すの、これで何度目ですかぁ?」
「東之園君が真面目な顔して変な事を言うからだろう。まったく……」
 萎絵は洗面台からふきんをもってきてディスプレイを拭いた。ついでに浅野川の顔も拭いてやる。
「ちょ、ちょっと、東之園君、それは今机を拭いたばっかりのふきんじゃ……」
「先生って結構、細かいことを気にするんですね」
 私は気にしませんよ、と萎絵がつぶやいた。
(そりゃあ君の顔じゃないからね……)
 理不尽なものを感じながら、浅野川はコーヒーカップを置き、ディスプレイに向かう。
(ああ、コーヒーくさい)
 と、浅野川のマウスを操る手が止まった。
「?どうしたんですか?先生」
「簡単じゃないか、東之園君。君に解らないとは思えないけどね」
「え?え?何何。何ですか?」
「ソースを見てごらん。……って調味料じゃないよ、東之園君。僕にかけるんじゃないーーーッ!!」
(ああ、ソースくさい……)
 浅野川が座っている所から1メートルほど離れて、萎絵がうなだれて立っていた。
「だって、先生……」
「ああ、もういいよ。怒ってないから、こっちにおいで」
「先生、ソースくさい……」
 誰のせいだ誰の、という言葉を飲み込み、額に浮かんだ怒りマークを隠してにっこりと笑って言う。
「そのページのソースをみれば、すぐに解るよ」
「え?え?」
 萎絵はソースくさいのを我慢して、ディスプレイをのぞき込む。そして、それを見たとたん、晴れやかな顔になった。
「すべてがFなんですね」


(この物語はフィクションであり、実在の人物、書物とは何ら関わりのないものと思われます。……多分)
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