すべてがMになっている

阿東

「先生、私、怒ってるんですよ」
 時は逆に飛んで、萎絵が県立T大学に入学したての頃である。気付けばいつも浅野川のそばにいる東之園萎絵は、言葉通り怒っていた。
「また何かあったのかい?」
「ないんですよ」
 相変わらず、萎絵のいうことは理解できない。浅野川は諦めて、煙草に火をつけた。それを見て、萎絵がむくれた。
「先生、何が、って聞いてくれないんですかぁ?」
「東之園君……、主語もちゃんと言わないと解らないよ。「ないんですよ」だけじゃ、何が何だか……」
「あら、先生なら解ってくれると思ったんだけどな」
「だからね、そんなことを言ってると、みんな誤解するだろう? ひょっとして、子供でもできたんじゃ、とか……いや、これは単なる例としてだけどね、噂ってのは怖いからなぁ……」
「そんなの気にする方が、いやらしいんです」
 萎絵の言うことももっともだとも思うが、話はまったく進んでいない。浅野川は話題を元に戻した。
「で? 何がないんだって?」
「私、工学部って女子が少ないとは聞いていましたけど、本当に少ないんですね。10分の1以下じゃないですか? うちのクラスには、3人しかいないんですよ!」
「何、ないっていうのは女子の数のこと?」
 今さらじゃないかなぁ、と浅野川はつぶやいた。1クラス40人、残りの37人はすべて男である。女友達は少ないだろうが、そのかわり男友達は山のようだろう。特に、萎絵のようなタイプは。
「違いますよ。そうじゃないんです」
「じゃ、何」
「言うの、恥ずかしいんですけど……」
「ここまで言っておいてかい?」
 萎絵のもったいぶりはいつものことである。浅野川がうながさないと、先に進まないのだ。萎絵は顔を赤らめ、うつむいて言った。
「女子用の御不浄がないんです。私、わざわざ体育館の方まで行くんですよ!」
「……なんだ。すべてがMen's roomになる、ね。成程。それ、トイレの数も10分の1になってるんじゃないの? ……それにしても東之園君、エレガントじゃないね……」
「先生! こっちは死活問題なんですよ!  笑わないで下さい!!」


(単なる実話ネタ)
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