冷たい密室と時計たち

まるは

                §1

 月曜日、浅野川惣平は早くに目覚めた。
 昨夜、極地研の事件について思考を巡らせていた浅野川は、 例の、あの精神状態に陥り、ついに事件の真相にたどり着いた。
 犯人宛に電子メールを送った浅野川は缶ビールを飲み干し、 早くに眠りに就いてしまった。

(…何時だ?)
 浅野川は腕時計を見ようとしたが、暗すぎて判らなかった。
 そのまま布団から這い出し、手探りで冷蔵庫の前まで行きドアを開けた。
 コーラの缶を取り出した時に冷蔵庫の照明で見た時刻は、5時57分だった。
(アルコールは液体なのに飲んだ翌朝は喉が乾くのは、加水分解されるからか? …ともかく時計を合わせよう)
 浅野川はスタンドを灯けて受話器を手にとった。手は自動的に117を ダイヤルする。ピッピッという規則正しい音が聞こえ、無機質な女性の声で 5時58分が告げられた。浅野川の時計はいつも一日で0.8秒遅れる。
 秒針が12時の位置に来るのを一分待ち、リューズを引き出して止め、分針も12時 に合わせた。
 女の声は59分10秒を告げている。リューズを押し込み秒針をスタートさせる までのさらに一分弱、浅野川はこれ以上無いほど順序良く流れる「時」を楽し む。

                §2

 同じ明け方、あの事件の現場である県立T大学工学部,極地環境研究センターに 忍び込んだ東之園萎絵は、犯人の手によって低温実験室に閉じ込められてしまう …
 ……計測室のドアを開けて中に倒れ込んだ。
 だめだ、気が遠くなる。もういいか、と思ったりする。
 この部屋は少し暖かい。萎絵は立ち上がった。
 電話がある。
 祈りながら受話器をとると発信音が聞こえた。
(助かった…)
 覚えている浅野川助教授の電話番号をプッシュしようとする。
 かじかんだ指は殆ど動かない。何度もかけなおした。
(落ち着いて……)
 やっと正しくプッシュできた。
(お願い……、先生、起きて……)
 つながった!
 受話器からは、プー、プー、プー、という音が…
(話し中?どうしてこんなに朝早く……)

 それが萎絵の意識の最期だった。

                 §3

「東之園君、君ね、そんな理由で学生からこんなに高そうな、いや実際高いん だろうけど、贈り物を貰うわけにはいかないよ、一応教師、って立場が…」
「まあ先生、私がそんなふうにして殺されてもいいっておっしゃるのですか? 大体、立場、なんて発言、先生らしくないです!せっかく誕生日に年差5秒の クオーツの腕時計をプレゼントするって言ってるのに…。これなら時刻あわせは せいぜい週いちで良いはずでしょう?」
「東之園君、週いちと月4とはどう違う?」
「先生!ごまかされませんよ!」


(この物語はフィクションであり実在の以下略)
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