第4回   究極の26文字文 1996.9.18


 メールをいただいた方の名前をいちいちあげていたらきりがないことに気がつきました。だってほら、私の元にはすでに56億7千万通ものメールが。1年に1通ずつ返事を書いても、弥勒が降臨してしまいます。
 というわけなのでまとめてお礼。56億7千万人の皆様、ありがとうございました。

 さて、今日のネタはこれ。

 日本語には、「いろは歌」というものがある。かな文字48文字をすべて、そして一度だけ使った「歌」のことだ。御存知とは思うが、念のため以下に書いておく。

 色は匂へど 散りぬるを  (いろはにほへと ちりぬるを)
 我が世誰そ 常ならむ   (わかよたれそ  つねならむ)
 有為の奥山 今日越えて  (うゐのおくやま けふこえて)
 浅き夢見じ 酔ひもせず  (あさきゆめみし ゑひもせす)

 そして、英語にも「パングラム」と呼ばれる、似たようなものがある。すなわち、アルファベット26文字をすべて使った文のことだ。
 最初にあげる以下の文は、欧文フォントの見本などにも使われるので目にしたこともあるだろう。

 The quick brown fox jumps over the lazy dog.
 (素早い茶色の狐が怠け者の犬を飛び越す)

 しかし残念ながら、これは「完全」ではない。確かにすべての文字が使われているが、複数回使われている文字があり、全部で35文字になっている。
 それでは、「究極の26文字文」は作れるのだろうか。母音として使えるのが a,e,i,o,u,y くらいしかないので難しそうだが、昔から多くの人がこの難問に取り組んできた(ってのはちょっと大袈裟か)。

 よく知られている例で、3文字少ない32文字文は以下のとおり。

 Pack my box with five dozen liquor jugs.
 (5ダースの酒壷を私の箱に詰め込みなさい)

 さらにこれより1文字少ない31文字文はこれ。

 Jackdaws love my big sphinx quartz.
 (小ガラスは私の水晶製大スフィンクスを愛す)

 この先は、事態はさらに混迷の度合いを深めてくる。固有名詞を使ったり、古語や俗語や方言を辞書の片隅から引っぱり出してきたり。
 それでもなんとかまだまともなのが、この28文字文。

 Waltz, nymph, for quick jigs vex Bud.
 (はやいジグはバドを困らせるから、ワルツを踊ろう、かわいこちゃん)

 で、これが一応「究極の26文字文」なんだけど‥‥やっぱり反則だよな。

 J.Q.Schwartz flung V.D.Pike my box.
 (J・Q・シュワルツはV・D・パイクに私の箱を投げた)

 なんとかイニシャルや人名を使わずに作った「究極の26文字文」がこれ。

 Zing! Vext cwm fly jabs Kurd qoph.
 (ひゅん! 怒ったクームのハエがクルド人のコーフを突き刺す)

 クームというのはウェールズの方言で山の窪地のこと、コーフはヘブライ語のアルファベットのひとつなのだが、辞書を引かずに意味のわかる人がいるのだろうか。
 ついでにもう一つ「究極の26文字文」を紹介しておこう。これ。

 Warm plucky G.H.Q. jinx, fez to B.V.D.'s.
 (勇気あるGHQの疫病神を暖めてやれ。トルコ帽からBVDまで)

 略語や固有名詞を使わずに、「普通の英語」だけで「究極の26文字文」は作れるのだろうか。暇と英語力のある方は挑戦していただきたい。賞品は出ないが。

 参考文献:『がんばれカミナリ竜』スティーブン・J・グールド(早川書房)
      (生物学の本にこんな話が載ってるってのもけっこう謎ではある)


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