第66回   悪魔召喚 1996.11.24


 ‥‥魔法陣は完成した。星宿も月齢も時刻も、最適である。あとは、悪魔を呼び出す呪文を唱えるだけだ。
 私は、魔法の書『ソロモンの真の鎖骨』を手に取ると、一節を読み上げた。
「急ぎ、みな来よ、霊たちよ。汝らの王の魔力によって、汝らの王たちの七つの王冠と鎖によって、地獄の霊はすべて、われが呼ぶときには、この魔法の輪の前に現れねばならぬ。汝らはすべて、われに従い、力の及ぶ限りわが望みをかなえよ。東西南北、四方より来よ。神なる者の機能にかけて、われ、願い、命ずる」
 日本語訳の呪文でよかったのか、という疑問が頭をよぎったが、どうやら成功したようだ。煙とともに、悪魔が姿を現した。人間と牡牛と子羊の、三つの頭を持った男の姿をしている。手の甲には鷹が乗っていた。
 この姿からすると、バラム‥‥ソロモン王に封印された七十二柱の魔人のうちの一人らしい。予想外の大物が召喚されたので、私は少しびびっていた。
 悪魔は言った。
「お前か、私を呼びだしたのは」
「は、はい、そうです」
「願い事を言うがよい。どんな願いでも、三つだけかなえてやろう。しかしもちろん、お前が死んだときにはその魂を頂くがな」
「あの、ちょっと教えてもらいたいのですが、本当にどんな願いでもかなえてくれるんですか」
「いや、残念ながら、かなえられない願いもある。‥‥よし、教えたぞ。願いはあと二つ」
「え? なんで一つ減ったんですか?」
「いまお前は、『教えてもらいたい』と言っただろうが。だから、その願いをかなえてやったのだ。さあ、あと二つの願いを言え」
「そんな、人の言葉の揚げ足を取るなんて‥‥。ひどい! 人非人! 鬼! 悪魔!」
「だから、悪魔だって」
 う。悪魔にツッコまれてしまった。私は、気を取り直して質問した。
「その、かなえられない願いってのはどんなものですか? あ、念のために言っておきますけど、これは願いじゃなくて質問ですから」
「いちいち念を押さずともよい。かなえられない願いというのはだな、『あと百個の願いをかなえて欲しい』とか『私の願いをかなえないで欲しい』とか『ピッコロ大魔王に殺された人を生き返らせて欲しい』とかいうものだ。これらは、すでに一度使われたネタだからな」
「いや、ネタじゃなくて願いなんですけど‥‥」
「とにかく、願いを言え。早くしないと、私は地獄に帰るぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「よし、待とう。願いはあと一つ」
「ああっ、しまった!」
 一筋縄ではいかない悪魔だ。願いはあと一つになってしまった。うーむ、どんな願いがいいだろうか。『世界で一番面白いダジャレを教えて欲しい』にするか? いや、それではあまりに非生産的だ。
 ‥‥そうだ、これにしよう。
「最後の願いとしてもっともふさわしいものを私に教えて、それをかなえて欲しい」
「ふむ。厳密にはそれは二つの願いだが、まあいいだろう。では、かなえるぞ」
 悪魔は言った。
「最後の願いとしてもっともふさわしいものを私に教えて、それをかなえて欲しい」
 悪魔はもう一度言った。
「最後の願いとしてもっともふさわしいものを私に教えて、それをかなえて欲しい」
 はて、どういうことだ?
「かなえてやったぞ。では、さらば」
「ああっ、ちょっと、このオチの意味を教えてください!」
「四つめの願いをかなえるわけにはいかんな」
 そして悪魔は消えた。
 うーむ、結局オチの意味はわからなかったぞ。しかたない、こうなったら、自分でオチをつけておくしかない。
 悪魔を召喚したことは、新聞に載るだろうか。明日の朝刊。
 明日の朝刊‥‥悪魔召喚。く、苦しい。苦しいときの悪魔頼み。もう一度召喚してみるか。


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