第102回   よくある怪談 1997.1.14


 私は、妻を殺した。

 去年の春までは、私と妻の仲は悪くはなかった。幼稚園に通う息子と三人で、世間並みの幸せな生活を送っていたのだ。
 関係が悪化しだしたのは、去年の夏頃からである。私はパソコンを購入し、インターネットを始めた。そして、その面白さにのめり込んでいったのだ。
 会社から帰宅すると、すぐにパソコンの電源を入れる。食事や入浴の時間も惜しいほど、私は熱中した。毎晩、深夜までパソコンの前に座り続けで、夫婦の会話などまったくなくなってしまった。
 妻も、最初はあきれ顔で見ていたが、数カ月たっても一向に私の態度があらたまらないので、頭にきたのだろう、私を強い調子で非難しはじめた。そして、思わずカッとなった私は、妻を絞め殺してしまったのだ。

 さいわい、息子は眠ったままである。私は車に妻の死体を乗せると、摂津峡の山奥まで運んで行き、穴を掘って埋めた。

 翌日の朝。
 母親がいなくなったというのに、息子は騒いだりはしなかった。いつもどおりトーストの朝食を食べ、いつもどおり幼稚園へと向かった。
 私は、息子が騒ぎ立てないのをいいことに、妻のことは説明しなかった。息子も何も聞かなかった。そうしてしばらくは、私と息子の二人だけの生活が続いた。

 息子はもともと、それほど明るい性格ではなかったのだが、妻がいなくなって以来めっきり口数も減り、そのかわり不思議そうな目つきで私の方を見ることが多くなった。
 私は次第に、その息子の目つきが恐ろしくてたまらなくなってきた。もしかして、私が妻を殺したことを知っているのではないか‥‥そんなことを考えてしまったからだ。
 そして、ある日の食事中。箸も動かさずに私の方を見つめている息子に、ついに聞いてしまった。
「どうしてお前は、いつもお父さんをじっと見つめているんだい?」
 すると、息子は相変わらず不思議そうな目つきで、こう言った。
「どうしてお父さんは、朝も昼も夜もずーっと、お母さんをおんぶしているの?」

 悪寒が走った。
 私は思わず後ろを振り返ったが、もちろん、何も見えない。私は、背中に取り憑いている妻を振り払おうと、手をめちゃくちゃに振り回した。
 それを見た息子が言った。
「あっ、お母さんが背中から降りたよ。走って、どっかへ行っちゃった」
 ‥‥なるほど、おかんが走る、ということか。


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