第114回   SOS洞窟探検隊 1997.2.9


 小学生のころの話である。
 学校の裏山で友人たちと遊んでいた私は、木々の間に隠された洞窟を発見した。興味を持った私たちは、中に入ってみたが、かなり奥行きがあるようだ。これはやはり、きちんと装備をととのえた上で探検せねばなるまい。
 というわけで、ある土曜日の午後、私と中村・加賀田という二人の友人は、万全の準備をして洞窟に進入した。

 洞窟の中は、暗く、じめじめしている。懐中電灯の光で照らしてみると、道はいくつにも別れ、迷路になっているようだ。少し不安を感じたが、意を決し、私たちは奥へ進んでいった。
 しばらく進んだころ、突然、中村が叫んだ。
「あっ、あそこに何かいる!」
 中村の指さす方を見ると、暗闇の中に妖しく光る二つの瞳が見えた。あわてて懐中電灯を向けると、それは‥‥猫だった。ほっとして近づいていくが、猫は動こうとしない。かなり弱っているようだ。体も汚れている。
「なんだ、猫か」
「どっかから迷い込んできたんだろう」
「我々の手で救助するんだ!」
「ノラ猫かな‥‥よし、ノラと名付けよう」
「そのまんまやないか!」
「とにかく、連れていこう。僕が抱いていく。ノラを運ぶね」
 中村はノラのことが気に入ったようだ。
「うちで飼ってやるからな。お前の寝床は‥‥そうだ、リカちゃんハウスがいいな。人形の家」
 などと、くだらぬことをしゃべっている。

 ノラを連れてさらに奥へ進んだ。どこからか水の音が聞こえる。そちらへ近づいてみると、湧き水があった。
「ちょうどいい、ノラを洗ってやろう」
「洗いたまえ、清めたまえ、か」
 中村はノラを洗い出した。
「ほら、きれいになったぞ。うん、こうしてみるとけっこうかわいいじゃないか。こうなると、シャンプーとリンスが欲しいなあ。リンプーでもいいけど。そうすれば、もっとかわいくなるぞ」
 中村は、ノラに対して早くも親馬鹿ぶりを発揮しているようだ。親馬鹿チャンリンシャンである。
「ノラもきれいになったことだし、そろそろ引き返すか」
「そうだな」

 しかし、恐れていたことが起こった。私たちは道に迷ってしまったのだ。
「おい、出口はどっちだ?」
「お前、覚えてたんじゃないのか?」
「おれは知らないぞ」
「なにっ!」
「まあまあ、あわてるな。こういうときこそ落ちついて、だな、えーと、ほら、こんな言葉があっただろう」
 私は言った。
「‥‥そう、鳴かぬなら私が鳴こうホトトギス、と明智光秀も言ってるぞ」
「うっ、うっ、わーーーん! 帰りたいよう!」
 ついに加賀田が泣き出してしまった。うーむ、この場でこの言葉は不適当だったか。

 なんとか加賀田を泣きやませたが、出口はわからない。懐中電灯の光も、だんだんと暗くなってきた。私たちは途方に暮れて、その場に座り込んだ。
 このまま、ここで遭難してしまうのだろうか。そして、私たちの死体は、誰にも発見されることなく骨になっていくのだろうか。ノラも一緒に死んでしまうのだろうか、こんな狭いところで。猫の死体。
 そんなことを考えていると、突然、ノラが中村の手から抜け出して枝道の一つに走り込んだ。
「ノラ!」
 私たちはノラを追ってその枝道に入る。すると‥‥目の前は出口だった。
「助かった! ノラのおかげだな」
「こんなに近くに出口があったとは‥‥全然気付かなかった」
 そう、まさに、遠くて近きはダンジョンの中、である。


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