第186回   ユングにおまかせ  1998.6.12





 夢というものは、目が覚めると急速に忘れていくものなので、正確に記憶に留めておくのは難しい。
 だから、枕元にペンとメモ帳を置いて……ノートパソコンだと起動を待つうちに記憶が薄れていくので、やはり昔ながらのペンとメモ帳がいいだろう……起きるやいなやすぐ夢の内容を記録する、という手段が有効だろう。

 実は、ある作家がこの方法をしばらく使っていたそうだ。
 〆切が迫るのに原稿が書けない、アイデアが浮かばない、ひょっとしたら夢の中でならいいアイデアが出るかもしれない、そう考えた作家は、なんとか夢の内容を記録しようと試みた。夢を見た場合、たとえ夜中でも即座に飛び起きてメモする。そんな生活を数カ月続けたところ、ついには精神に異常をきたして入院してしまったそうだ。
 まあ、この作家はそれだけ精神的に脆弱だったのだろう。私は強靭な精神を持っているから、もう半年もこの方法でネタを探しているが悪影響などまったくない。うひゃひゃ。精神的にも肉体的にも、健康そのものである。けけけ。正常だぞ、正常。のほほ。正常だってば。ぬべべ。本人が正常だと言ってるんだから、これほど確かなことはない。うきき。

 ……とまあ、冗談はこれくらいにしておいて、私の「夢メモ」からいくつかを紹介しよう。
 フロイトなどに言わせると、ほとんどの夢は性的欲求の発露らしい。私の夢もそうなのだろう。


登れない階段
 千里ニュータウンの一角の団地街。道を歩いていると、突然タコのような怪獣が出現し、団地を破壊しはじめる。私は逃げようとして、近くの棟に駆け込み階段を登ろうとする。よく考えれば上に行っても逃げ場がなくなるだけだし、第一タコの怪獣はその建物より大きいのだ。もちろん、夢の中ではそんなことを考える余裕もなく、階段を駆け上がろうとするのだが上手くいかない。とりあえず、最初の踊り場まではたどりついたが、ここで階段は右と左にわかれている。正しい方を選べば上に行くが、間違えると下に降りてしまうのだ。北半球だから右回りだろう、などと考えて右へ行く。これは正解で、次の踊り場に到着。ここでも右へ行くと、これは間違いでさっきの踊り場に降りてしまう。こんなことのくり返しで、なかなか登れない。そうこうしているうちに、タコの怪獣はどんどん近づいてくる。


 やはりこれは、性的欲求不満の夢か。
 タコの怪獣とか、登ろうとしても登れない階段とか、このあたりがアレを象徴しているんだろうな。……きっと。


押入の死体
 女性を一人、殺している。なぜ殺したか、どうやって殺したか、どんな関係の女性か、その辺は記憶にないのだが、とにかくその女性の死体を押入に隠している。そして、隠したことを忘れてしまっているのだ。ちょっとした用で押入を開けると、その死体が転がり出てきてびっくりする。とっとと山中にでも埋めに行けばいいのに、なぜかそれをしない。そしてある日、知り合いの女性が家に遊びに来る。壁に並んだ本棚を見て、わあ、本が沢山あるのね、などと感心している。これだけじゃないぞ、押入の中にもあるんだ、と自慢げに押入を開ける。すると死体が転がり出る。


 これもやっぱり、性的欲求不満の夢か。
 女性の死体とか、押入とか、このあたりがアレを象徴しているんだろうな。……たぶん。


笑えない漫才
 一人で、なんばグランド花月へ漫才を聞きに来ている。客席へ入ってみると、これがボロボロである。狭くて汚く、椅子も古ぼけたパイプ椅子が乱雑に置かれているだけ。しかし、客だけはけっこう大勢入っている。しかたなく、床に転がったパイプ椅子を起こして座る。しばらく待つと幕が上がり、漫才が始まる。しかし、出てくる芸人たちは名前を聞いたことも顔を見たこともない者ばかり。しかも、漫才の内容がさっぱり理解できず、まったく笑えない。回りを見ると、他の客は大笑いしている。わかってないのは私だけのようだ。


 ううむ、性的欲求不満の夢だ。
 なんとなく別の欲求不満のような気もするが、性的な夢ということにしておこう。


花畑
 見渡すかぎり一面の花畑。色とりどりの花が咲き乱れる中をゆっくりと歩いている。しばらく行くと、目の前に川があらわれる。向こう岸には美しい女性が立っている。薄物をまとっただけのその女性は、微笑みを浮かべながら手招きをしている。私を呼んでいるようだ。よし、すぐに行くぞ。私は川を渡ろうとする。


 ……というところで、目覚まし時計に起こされたのだ。ううむ、いいところだったのに。向こう岸に着いたら、あーんなことやこーんなことをしようと思ったのに。
 よし、もう一度眠ることにしよう。すぐに寝れば、この夢の続きが見られるはずだ。
 では、おやすみなさい……。




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