第228回   悪魔が来りて紙を貼る  1998.12.15





 街を歩いていると、ついつい塀や電柱に貼られた貼り紙などを観察してしまう癖がある。
 たとえば、数年前に目撃していまだに鮮明に記憶に残っているのは、ある商店のシャッターに貼られていた
「本日臨時定休日」
という貼り紙である。
 なんで臨時なのに定休日やねん、と思わずツッコミたくなるが、おそらくあわてて書いたのだろう、まあ何を言いたいかは大体わかるからよしとするか。
 その他、この手の貼り紙としてよく話題になるのは
「貼り紙禁止」
と書かれた貼り紙とか
「部外者以外立入禁止」
と書かれた貼り紙などであるが、有名な割にはまだ実物にお目にかかったことがない。死ぬまでには一度巡りあいたいものだ。

 などと考えていたら、先日、大阪の某所で貼り紙の大群に遭遇した。
 JRの高架下、コンクリートのむき出しの壁に、所狭しと貼り紙が貼られている。古いもの新しいもの、大きいもの小さいもの、立派な印刷のものから手書きの粗末なものまで、種々雑多な貼り紙だ。これは面白いと思って、端から順番に眺めていくことにした。
 まず目に入ったのが、何人かの男女の顔写真が並んだもの。よくある指名手配の貼り紙だ。下の方に小さく、
「殺人事件にご協力ください」
と書いてある。よし、協力してやろうじゃないか! ……って、そういうことではないか。しかし、警察がこんなところに貼り紙をしていいのか。迷惑防止条例だか何だかに違反しているのではないのか。
 その隣りにあったのが、学習塾の広告である。キース学習塾という、あまり聞いたことのない塾だ。その貼り紙には、こう書いてあった。
「どんな出来の悪いお子さまでも、必ずクラスの平均点を上回る!」
 さりげなく失礼なことが書いてあるような気もするが、そうか、どんな子供でもいいのか。だったら、クラス全員をこの塾に通わせれば、全員が平均点を上回ることができて、めでたしめでたしだな、うん。
 その下にある小さな紙は、イメクラの広告だ。
「激安! 大阪で二番目に安いイメクラ!」
 ううむ、いくら安いからといっても、イメルダ夫人のプリクラはイヤだなあ。やっぱり、背景には靴が三万足並んでいたりするのだろうか。
「この貼り紙がはがされていたら、下記の電話番号に連絡してください」
 まだはがされていない、ということは、連絡しなくてもいいわけだな。よし。
「ペットのジェニーちゃん(コモドオオトカゲ、メス3才)が行方不明になっています。お心当たりの方はご連絡を。体長2メートル、ジェニーちゃんと呼ぶと尻尾を振って挨拶します。好物は子ヤギ」
 なるほど、今度コモドオオトカゲを見つけたら、ジェニーちゃんと呼びかけてみよう。
「ペットの蘭丸(フキダラソウモン、雌雄同体16才)が行方不明になっています。お心当たりの方はご連絡を。体長7メートル、第三触手が半分欠けていて、通信端子が錆びているのが特徴です」
 なんだそれは。フキダラソウモンとは、どういう動物なのだ。いや、そもそも動物なのか? 謎である。
 悩みつつ先へ進むと、その横にはかなり古ぼけた紙が貼ってある。
「70年安保粉砕!」
「エンプラ帰れ!」
 いつから貼ってあるんだ、これは。
 さらにその隣り。
「廣島ニ新型爆彈投下!」
「慾シガリマセン勝ツマデハ」
「足リヌ足リヌハ工夫ガ足リヌ」
「今カラデモ遅クナイカラ原隊ニ復歸セヨ。君等ノ父母ハ泣イテイルゾ」
 だから、いつから貼ってあるんだって。
「太平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず」
「白河の清きに魚の住みかねて元の濁りの田沼恋しき」
 ううむ仕方ない、こうなったら最後までつきあってやるか。
「このごろ都にはやるもの、夜討強盗偽綸旨……」
「この世をば我が世とぞ思ふ望月の……」
「まつたく、近頃の若い者は……」
「親魏倭王卑弥呼」
「(^_^)/」
 なんだこの最後のヤツは。ひょっとして、法隆寺の落書きか?
 そしてその先にはもう貼り紙はなく、コンクリートに直接牛や鹿の絵が描いてあるだけであった。

 と、これで終わりだったらきれいにオチていたのだが、下の方にまだ一つだけ貼り紙があった。
「結婚相手募集中! 当方、26才のサラリーマン。年収三千万円。マサチューセッツ工科大学卒。身長180センチ、反町隆史似。趣味:スキー、スキューバダイビング。希望者は下記へ連絡を」
 ずいぶん図々しいやつがいるな、と思って連絡先の電話番号を見ると、気のせいかどことなく見覚えがある。これはひょっとして、私の家の番号では?
 ……はっそうか、この貼り紙は去年、私が書いたものだった。




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