第241回   すべて嘘になる日まで  1999.3.1





 どんなところにも嘘つきはいるもので、たとえばネット上でいろいろな人のページを読んでまわると嘘やでたらめを書き散らしている所が多いのには驚く。それも、記憶違いなどで心ならずも嘘を書いてしまったというものではなく、確信犯で嘘を垂れ流しているのだ。特に、いわゆる「雑文系」と呼ばれるページに多いが、まったく嘆かわしいことである。
 この世で一番大切なこと、それは「嘘をつかない」ということではないだろうか。人が人を信じられなくなれば、この社会は崩壊してしまう。いわば、社会秩序に対する挑戦である。テロリズムである。平然と嘘を書いている者たちは、そのことを考えているのだろうか。いや、おそらく考えてはいまい。人としてもっとも大事なものを、どこかに置き忘れてきたような者たちだから。

 とにかく、嘘をつくというのは人として最低の行為である。そういう最低の人間には、最低の末路が待っている。有名だから知っている人も多いだろう。そう、あの「狼少年」の話である。
 むかしむかし、ある村での出来事だ。ある日その村に、どこからか一人の少年があらわれた。その少年はほとんど裸同然のかっこうで、髪は伸び放題、体は垢だらけで四つん這いになって歩いた。言葉はしゃべらず、獣のようなうなり声をあげるのみである。村人たちはその少年を囲んで話し合った。これはもしかして、狼に育てられた少年ではないだろうか。子供の頃に山の中に捨てられ、飢え死にするところを狼に助けられて生き延びたのだろう。昔から、そういう話はよく聞く。かわいそうだから、この村で養ってやろう。そう考えた村人たちは、とりあえずその少年を本物の狼の檻の中に入れておくことにした。狼を仲間だと思っているなら大丈夫だろう。
 ところが翌朝、村人たちが檻を見に行くと、その少年は狼たちに食い殺されていた。あとでわかったことだが、その少年が狼に育てられたなどというのは嘘っぱちで、ただの浮浪児にすぎなかった。貧乏で満足に食事もできなかった彼は、狼少年のふりをすれば珍しがられて食べ物にありつけるだろうと考えたのだ。ところがそれが裏目に出て、結局彼は命を落とすことになった。
 もちろん、この話の教訓は「嘘をついてはいけない」である。しかしこの少年も愚かなことをしたものだ。狼は人間の子供など育てない。狼に育てられた少年というのは、単なる伝説にすぎないのだ。歴史上、実在が確認されてるのは、熊に育てられた少年、猿に育てられた少年、鴨に育てられた少年、ネギに育てられた少年、イルカに乗った少年などである。

 さて、この「狼少年」は天に召されて幸せになっただろうか。残念ながらそんなことはない。あの世の入り口には死者の魂を裁く閻魔大王がいるからである。
 あの世へ通じる道は、途中で二本に分かれている。一方は天国へ通じる道、もう一方は地獄へ通じる道だ。そしてこの分岐点には、閻魔大王が待ちかまえているのだ。
 ここには、閻魔大王が二人いる。本物の閻魔大王と偽物の閻魔大王だ。にせウルトラマンなら体の模様や靴の形で簡単に区別がつくのだが、この閻魔大王たちはそっくりで外見からは区別がつかない。唯一違うのは、本物は常に本当のことを言うが偽物は常に嘘をつく、という点だ。質問が許されるのは一回のみ。さて、みごとに天国へ通じる道を選ぶことができるだろうか?

 話がそれたが、とにかく、嘘をつくというのは人間として最低の行為である。そういえば、先年私がアメリカへ留学していたとき、嘘つきに関してこんな伝説を聞いたことがある。


 むかしむかしある村に、いつも嘘ばかりついている少年がいた。いくら注意しても聞く耳を持たない。困り果てた父親は、一計を案じてその少年を村はずれの石の橋の前へと連れだした。隣村へと通じる橋だが、その少年はまだその橋を渡ったことはなかった。
 その石橋を前に、父親は少年にこう言った。
「この橋はな、嘘つき橋と呼ばれている橋なんだ。天の神様が作った、由緒ある橋だ。この嘘つき橋はとても恐ろしい橋でな、正直者が渡ってもなんともないが、嘘つきが渡るとたちまち崩れ落ちて川に流されてしまう。おまえも、いつかは大きくなってこの嘘つき橋を渡ることになるだろう。そのとき橋が崩れ落ちたら大変だろう? だから、今のうちに嘘をつくのをやめなくてはいけないよ」
 それを聞いた少年は青ざめてぶるぶるとふるえ、もう二度と嘘はつかない、と父親に約束した。
 そして数日後、その父親は隣村へ出掛けるためにその橋を渡っていた。欄干に手を掛けながら半ばまで渡ってきたとき、突然その橋は崩れ落ち、父親は川へ転落して流されてしまった。なぜ橋が崩れ落ちたのかって? それは、この父親が、実際は嘘つき橋などありはしないのにあると言って嘘をついたからだ。


 この話の教訓は?
 そう、やはり、端を渡らずに真ん中を渡れ、ということだろうか。




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