第288回   日本全国ミステリー列車  1999.11.28





 京浜東北線という路線は実は存在しない、と言ったら驚くだろうか。
 何を馬鹿なことを言っているちゃんと存在するじゃないかほら埼玉県の大宮から上野東京品川を通って神奈川県の大船まで走っているじゃないか私は毎日京浜東北線に乗って通勤しているぞあれが幻だというのかじゃあ私は今までずっと夢を見ていたのか目が覚めると蝶になっていたりするのかいやだいやだそんなことは信じないぞ、などと悩む必要はない。確かに「京浜東北線」と名乗る列車は走っている。しかしそれは単なる愛称であり、正式路線名ではないのだ。
 では正式路線名は何かというと、実は三つに分かれている。大宮から東京までは東北本線、東京から横浜までは東海道本線、横浜から大船までは根岸線である。これを一括して京浜東北線という愛称で呼んでいるだけなのだ。まあ確かに、「ただいま到着の電車は、東京までは東北本線、東京から東海道本線に入って横浜まで、横浜から根岸線に入って大船まで参ります各駅停車です」などとアナウンスされたらややこしくてしょうがないだろう。わかりやすい愛称を付ける必要があったわけだ。
 他にも山手線や埼京線など昔から愛称で呼ばれる路線はあったわけだが、大幅に増えたのは国鉄が分割民営化されてJRになってからである。そしてその愛称には、ウケ狙いで付けているとしか思えないような奇抜なものも多数存在するのだ。

 たとえば。
「はまなすベイライン大湊線」という線がある。正式路線名は大湊線だ。これは陸奥湾沿岸を走っており、沿線ではまなすの花が咲くところから付けられたという。これはまあ、わかりやすい方だろうか。
 また、「銀河ドリームライン釜石線」という線もある。正式路線名は釜石線である。起点の花巻が宮沢賢治生誕の地というところから銀河鉄道にちなんで名付けられたようだ。さらにこの路線名には「時空を越えた夢も一緒に旅します」などというサブタイトルまで付けられている。
 さらに、「ドラゴンレール大船渡線」。これの正式路線名は大船渡線だ。ドラゴンボールにあやかって付けたとか、昔このあたりに竜がすんでいた、というわけではない。実はこの大船渡線、線路が竜のようにぐねぐねと曲がって敷かれているのだ。始点と終点の一関・盛間は直線で約五十五キロメートルだが、このドラゴンレールの全長は百五キロメートルだからほぼ倍である。それだけぐねぐねしているというわけだ。では、なぜこんな形になったのかというと、昭和初期の憲政会と政友会の政党対立に由来する。当選した議員は線路を自分の地元の方に引っ張ろうとするわけで、政権交代を繰り返せば線路もこんな形になるだろう。まったく、今も昔も政治家のやることといったら(三万五千字略)である。
 次は「ゆうゆうあぶくまライン」。正式路線名は磐越東線である。本来なら「遊々阿武隈ライン」とするところだが、漢字で書くと読めない人が多いだろうということでひらがなにしたのだ。あっ、これは私じゃなくてJR東日本が言っていることなので、文句ならJR東日本に言うように。
 極めつけは「森と水とロマンの鉄道」。正式路線名は磐越西線だが、ここまで来るともう何が何だかわからない。沿線にブルーシャトーでもありそうな名前だ。しかしこれらの愛称、やっぱり車掌はちゃんとアナウンスしているのだろうか。恥ずかしくないのだろうか。仕事とはいえご苦労なことである。

 とまあ、いろいろと奇妙な愛称があるわけだが、考えてみたらこれらはすべてJR東日本管内である。お笑いの本場大阪に本社を構えるJR西日本は何をしているのだ。JR京都線・JR神戸線・大和路線・学研都市線などという面白味のない愛称を付けている場合ではないぞ。笑いのプロの名にかけて、東日本よりもウケる名前を付けようとは思わないのか。なに、思わない? ううむ仕方ない、では私が代わりに考えてあげよう。
 まずは大阪環状線。これはやはり、「なにわぐるぐるライン」で決まりだろう。
 次は学研都市線。国鉄時代は正式名称で片町線と呼ばれていた線だ。愛称を付けたのはいいけど、学研都市線では今ひとつインパクト不足だなあ。それに沿線の京阪奈丘陵の学研都市計画もいまいち不振だから、ここは将来への期待の意味も込めて「あすなろ学研都市線」と呼ぼう。
 そしてJR京都線。そうだなあ、「京都では誰でも一人ひとりきりライン」というのはどうか。ダメか。では「京都千二百年密室伝説線」はどうか。これもダメか。ならば「阪急と京阪も並行して走っているけどウチが一番速いぞライン」にしよう。
 同じくJR神戸線。こいつは「阪急と阪神も並行して走ってるけどウチが一番速いぞライン」にしよう。
 さらに阪和線。こいつは「南海も並行して走ってるけどウチが一番速いぞライン」にしよう。って、なんだか私鉄にケンカ売りまくっているような気もするが、事実だからこれでいいのだ。
 最後は山陽新幹線。最近はイメージ悪いからなあ、それを払拭するような愛称を付けねば。というわけで、「もう落ちてきませんから安心して乗ってください新幹線」にしよう。それともいっそ、世間を震撼させたから震撼線にするか。それは感心せん。って、全然オチてないぞ。
 いや、落ちないから安心でございます。って、やっぱりオチてない。




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