第296回   羊と眠れ  2000.1.23





 休日は昼まで寝ていることが多い。すると当然就寝も遅くなり、また翌日は早起きできないのだ。まあ土曜日の夜ならそれでもいいが、日曜日の夜は困る。翌日は月曜日だから仕事がある。寝坊などしていられないのだ。
 したがって日曜日の夜は早く眠らなければならない。眠くなくても眠るのだ。何が何でも眠るのだ。全力を尽くして眠るのだ。命をかけても眠るのだ。……と思っても、眠れないときは眠れない。困ったものである。
 なんとか眠る方法はないものかと考えていたら、言い伝えがあることを思い出した。確か動物に関する言い伝えだ。牛だったか? いや違う、それは寝た後の話である。そうそう、羊だ羊。眠れないときは、ええと、確か、羊と眠ればいいのだ。踊るときは狐と、木に登るときは豚と、将を射るときは馬と、虎穴に入るときは虎児と、川を渡るときは大ダコと、と言われているように、眠るときは羊と一緒がいいのである。
 よし、さっそく羊を入手してこよう。と思ったが、どこで入手すればいいのだ? 生きた羊でないとダメなのだろうか。それとも、羊肉や羊毛でもいいのか。どっちにしろ、こんな夜中では牧場もスーパーも開いていないだろう。ううむ、「羊」と書いた紙ではダメかなあ。……などとここで悩んでいても仕方がない。ますます眠れなくなってしまう。少しネットで情報収集することにしよう。

 情報収集した。どうやら少し勘違いしていたようだ。生きた羊も死んだ羊も必要なかった。羊と一緒に眠るのではなく、羊の数を数えればよかったのだ。頭の中に牧場を思い浮かべ、そこにある柵を飛び越える羊の数を数えればいいのである。これなら簡単だ。やってみよう。
 羊が一匹。羊が二匹。羊が三匹。羊が四匹。しかし、羊は「匹」で数えてよかったのか? 「頭」じゃないのか? ……いや、いかんいかん。余計なことを考えてはいけない。羊を数えるのだ。羊が五匹。羊が六匹。羊が七匹。しかし、柵を飛び越えているということは、この羊たちは牧場を逃げ出しているのではないか? あとで連れ戻すのが大変だなあ。……いや、いかんいかん。余計なことを考えてはいけない。羊を数えるのだ。羊が八匹。羊が九匹。羊が十匹。羊が十一匹。今なんどきだい? ええと、八つで。羊が九匹……いや、いかんいかん。余計なことを考えてはいけない。羊を数えるのだ。羊が十二匹。羊が十三匹。羊が十四匹。羊が十五匹。羊が十六匹。
 ダメだ。眠れないではないか。ホントにこの方法でいいのか? 何か間違っているのではないだろうか。もう一度ネットで情報収集することにしよう。

 情報収集した。どうやら少し勘違いしていたようだ。羊を数えるというのは英語圏での言い伝えだったのだ。英語で羊はsheep。sheepを何度も繰り返していると眠くなってくるらしい。特に「eep」の部分の発音が、眠りを誘う作用があるというのだ。また、この発音はsleepと韻を踏んでいる点も重要である。つまり、英語で数えなければならないのだ。
 これは困った。世界二十カ国語に通じているとはいうものの、英語だけはどうも苦手なのだ。数えろと言われても、十以上になるとかなりアヤしくなってくる。やはりここは日本語でなければ。日本語で同じような効果を持つ動物はどこかにいないのか。
 犬ならどうだろう。犬が一匹。犬が二匹。犬が三匹。犬が四匹。いかん、これだと百一匹で終わってしまう。眠れないではないか。
 猿ならどうだろう。猿が一匹。猿が二匹。猿が三匹。猿が四匹。いかん、これだと百匹で終わってしまう。眠れないではないか。
 猫ならどうだろう。猫が一匹。猫が二匹。猫が三匹。猫が四匹。いかん、これだと十一匹で終わってしまう。眠れないではないか。
 ではミミズではどうだろう。ミミズが一匹。ミミズが二匹。ミミズが三匹。ミミズが四匹。これだと千匹まで数えられるぞ。って、しかし、妙な妄想が浮かんできてかえって眠れないような気がする。
 それならレツゴーではどうか。レツゴーが一匹。レツゴーが二匹。レツゴーが三匹。いや、だから、ギャグを考えている場合じゃないって。早く眠らねば。
 どうも上手くいかない。ううむなぜだ。やっぱり、英語と同じく韻を踏んだ名前の動物を使わないといけないのだろうか。「眠り」と韻を踏んだもの……ええと、ええと、カタツムリ。
 カタツムリが一匹。一匹。一匹。一匹。一匹。遅いなあ。まだ通り過ぎないぞ。二匹目はまだか。まだか。まだか。まだか。やっと来た。カタツムリが二匹。二匹。二匹。二匹。二匹。遅いなあ。まだ通り過ぎないぞ。三匹目はまだか。まだか。まだか。まだか。やっと来た。カタツムリが三匹。三匹。三匹。三匹。……グウ。



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