第299回   Aランチで行こう  2000.2.14





 ふだん会社にいるときは昼食は社員食堂で食べるわけだが、出張などで外出していると当然ながら外のファミリーレストランや定食屋で食べることになる。その日の昼時も、私はふらふらと一軒の定食屋に立ち寄った。
 カウンター席に座ってメニューを見る。豚カツ定食・唐揚げ定食・焼肉定食・寿司定食・刺身定食・サバ味噌煮定食・牛丼定食・カレー定食・お好み焼き定食・サンドイッチ定食・スパゲティ定食・トムヤムクン定食。なんだか無節操に定食ばかり並んでいる。あまり味の方は期待できそうにないなあ、と思ってさらにメニューをながめると、一つだけ定食でないのがあった。Aランチである。
 Aランチ。ううむ、このAランチというのは何だろう。他の定食類は名前からして大体どんな料理が想像できるのだが、これはちょっとわからない。いったいどんな料理なのだ。他の人たちはわかっているのだろうか。店員に聞いてみようか。いやしかし、私が知らないだけでものすごくありふれた料理なのかもしれない。まあこの人、いい年してAランチも知らないのかしらうふふ恥ずかしいわねえ。あああ、そんな風に思われたらどうしよう。ダメだダメだ店員に聞くわけにはいかない。
 仕方ないので推理してみることにした。なあに、この私の卓越した頭脳にかかれば、Aランチの謎などたちどころに解けてしまうのだよワトソンくん。まあそこで速記でも取りながら聞いていたまえ。
 まずはランチ。これは簡単だ。昼食のことである。朝食でも夕食でもなく昼食だ。この程度なら君でも理解できるだろうヘイスティングズくん。問題は、このAの方だ。Aなどという食べ物は存在しないから、私はこれを何かの略号と推理するね。で、元になる言葉とは……そう、アダルトだ。アダルトランチなんだよ、小林くん。お子さまランチがあるくらいだから、アダルトランチが存在しても不思議はないだろう。アダルトランチには、旗の代わりに何が立っているのだろう? やっぱりアレかなアレ。うひひひひ。
 ……いや、失言だった、すまぬ、石岡くん。レストランでそんなことを口にしてはいけないよなあ。失言レストラン。まあそれはともかく、どうやらアダルトランチではなさそうだ。すると、次の推理は……え、なに? 注文してみればわかるって? なるほど、それも一理あるなカオルくん。今回は君の顔を立てて、言うとおりにするとしよう。何が出てくるにしろ、まさか食べられない物が出てくることもあるまい。
 というわけで、私はAランチを注文した。出てきたのはエビフライである。エビフライがメインで、サラダとスープとライスが付いている。なるほど、Aというのはエビのことだったのか。どうだい、謎が解けてみれば簡単なことだろう、関口くん。この世には、不思議なことなど何もないのだよ。

 しかし、物語はまだ終わってはいなかった。翌日には、我々を震撼させる出来事が待ち受けていたのである。

 翌日の昼、私は別のファミリーレストランに入った。そこにもAランチがあり、またエビフライが食べたくなったのでそれを注文した。しかし、ああ何ということか、出てきたのはビーフカツだったのだ。私は、清水の舞台から突き落とされたような衝撃を受けた。これはいったいどういうことだ。Aランチはエビフライのはずだ。ビーフカツを出すとは、まったく常識はずれの店である。
 ……いや待て。ひょっとしたら、今日の店が正しくて昨日の店が間違っているのかもしれない。どちらが正解か、これは調査しなければなるまい。ということで、その翌日も私は別の店に入った。そしてAランチを注文したのだが、この店ではなんとラーメンとライスと餃子が出てきたのだ。謎は深まるばかりである。
 いったい、日本のAランチ業界で何が起きているのだ。これは何かの陰謀か。純真な消費者をだまくらかして何をしようというのだ。Aランチについては、JIS規格で何か決まっていないのか。JAROはどうした。ISO9000は役に立たないのか。公正取引委員会は何をしている。世界保健機関は見て見ぬふりか。こういうことは、法律できちんと規制してもらわないと困るではないか。
 そういうわけなので、法律を作ろう。飲食店におけるAランチの名称に関する法律、略称はAランチ法である。曰く、Aランチという名称はエビフライに限って使用を許可する。違反した者は一月以下の禁固または十万円以下の罰金である。これでAランチ業界も健全に発展することだろう。
 しかし、法律があればそれを破る者がいるのは世の必然、エビフライ以外のAランチを売る店も出てくるのだ。もぐりのAランチである。大阪梅田の繁華街などを歩いていると、客引きのにいちゃんが寄ってくるのである。
「社長社長、ええランチありまっせ」
「なに? Aランチがあるのか?」
「いやいや、私はAランチなんて言うてませんで。大阪弁の『ええランチ』ですがな、ええランチ」
「なるほど、そういう逃げ道があるのか。ところで、昔ダウンタウンがやってたバラエティ番組は?」
「ごっつええランチ。って、こんなとこで漫才やらせんといてください。とにかく社長、ええランチはどないですか?」
「どんなAランチだい?」
「そりゃあもう、血のしたたるようなステーキが何とも言えずうまそうで……」
「素敵なステーキ?」
「オチを先に言いなさんな。それに、ステーキだけやおまへんのや。これがなんと、現役女子高生がその手で焼いたという超レア物のステーキで……ああ、これはシャレとちゃいまっせ。なんと、その女子高生のナマ写真付き!」
「よし、買った!」
 などと、客引きの甘言に乗せられてついて行ってはいけない。そんなもの、本当は誰がはいたのか……いや、誰が焼いたのかわかったものではないのである。

 ええと、何の話をしてたんだっけ?
 そうそう、Aランチである。その後もしばらくAランチは謎のままだったが、ついに先日その謎が解けた。ある店で、AランチとともにBランチというメニューを見つけたのだ。
 私は、今まで自分が大きな勘違いをしていたことに気付いた。AランチのAは、特定の食材を表現していたのではなかったのである。そう、私はAランチではなくBランチの方を食べなければならなかったのだ。血液型によって食べるランチが決まっていたとは盲点だった。
 しかし、いくらA型の人が日本人の四割を占めるとはいえ、あまりにAランチが多すぎないか? Bランチを探すのには苦労したぞ。OランチやABランチに至っては、いまだに見かけたことすらない。こんな差別が許されていいのか? ううむ、これはやはり、法律を作って規制しなければ。




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