第327回   極めよダジャレ道  2001.1.21





 ダジャレは奥が深い。
 もちろん、単にダジャレを言うだけなら誰にでもできる。しかし、ダジャレ道を極めようとすれば、人はその奥の深さ、山の高さ、裾野の広さ、遙かなる道程に慄然とするだろう。ちょうど、将棋の駒を並べるだけなら誰にでもできるが有段者への道は遙かに遠いように。バットを振るだけなら誰にでもできるがイチローや新庄への道は遙かに遠いように。スプーン曲げなら誰にでもできるがユリ・ゲラーへの道は遙かに遠いように。
 だが、その道の険しさにたじろいでいてはいけない。怖れずに、ダジャレ道の最初の一歩を踏み出そう。歩き出せば極められる可能性もあるが、歩き出さなければ可能性はゼロだからだ。及ばずながら私がその最初の道を指し示そう。もちろん私も、和田勉師や三田村邦彦師のようにダジャレ道を極めたなどとはお世辞にも言えないが、道案内程度のことはできる。

 ダジャレ道の最初の一歩、ここはやはり、実例を示すのが手っ取り早いだろう。何をサンプルにしようか、と窓から空をながめると、ちょうどUFOが飛んでいた。銀色に輝き、くるくると回転しながら滞空している。窓から手を振る宇宙人に軽く手を振り返す。そうだ、「円盤」を元にダジャレを考えよう。
 そして私の考えたダジャレはこれである。

 空飛ぶ縁談。

 うむ、実に素晴らしいダジャレだ。なんとも言えず美しいイメージが想起されるではないか。機体を紅白に塗り分け、荷台には桐の箪笥や食器棚や炬燵や布団などを積み込み、丸餅を撒きながら天空をかけるUFO。実に絵になる。
 いや、ダジャレ自体の評価は本題ではない。このダジャレを考える過程が問題なのだ。それには、私の思考過程が参考になるだろう。うえだたみおがダジャレを考案するタイムは、わずか0.05秒にすぎない。では、考案プロセスをもう一度見てみよう。

 元ネタは「円盤」である。ひらがななら「えんばん」、カタカナなら「エンバン」、ローマ字なら「enban」だ。この「円盤」を元にしたダジャレで、どうしたら人を笑わせることができるだろうか。そのポイントは「音と意味の落差」にある。なるべく似かよった発音で、なおかつ意味がかけ離れたもの。その落差が笑いを引き起こすのである。
 というわけで、まずは「似かよった発音の単語」を探してみよう。最も似かよったもの、それは同じ発音の単語だ。「円盤」と同じ発音の単語には、「円板」や「鉛版」がある。しかし「円板」は「円盤」とほとんど同じ意味だし、「鉛版」は印刷で使われるもので一般的に知られているとは言えない。どちらもダジャレに使用するには不適当だ。では次に、一音だけ違った発音の単語を探そう。すると問題になるのは、「え」「ん」「ば」「ん」の四文字のうち、どの一音を変えるか、である。変えるとすれば「え」か「ば」だろう。二つの「ん」は変えるべきではない。その理由は、日本語の音韻構造に関わってくる。
 日本語の音には、はねる音「ん」の撥音、つまる音「っ」の促音、半母音入りの「きゃ」「しゅ」「ちょ」などの拗音、その他の子音と母音または母音のみからなる直音の四種類がある。変えるなら、拗音を拗音に、直音を直音になど、これら四種類の音の中で変えるべきだろう。撥音を直音に、拗音を促音に、などと音をまたがって変えてしまうとイメージが大幅に変わってしまうからだ。「えんばん(円盤)」の直音を直音に変えた「えんこん(怨恨)」と、撥音を直音に変えた「えんばく(燕麦)」を比べてもらいたい。一文字を変えているという点では同じだが、「えんばく(燕麦)」の方が語感としてはより原型から遠ざかっている。
 というわけで、音をまたがって変えるのは避けた方がいい。まあ、拗音と直音は語感としては近いので許容範囲ではあるが、撥音と促音は孤立しているので変えるべきではないだろう。
 撥音と促音はそれぞれ「ん」と「っ」の一音しかないので、必然的にこれらは変えられない、ということになる。すると、「え」「ん」「ば」「ん」の四文字のうち、変えられるのは「え」か「ば」のどちらかである。どちらを変えてもいいのだが、ここでは「ば」の方を選ぼう。先ほどは一文字だけ変えた「えんこん(怨恨)」という例を出したが、実を言うとまだこれでも変え過ぎである。変える文字はもっと少なくてもいいのだ。
 一文字より少なくてもいい、と言われると戸惑う人もいるかもしれない。しかしここで日本語の音韻構造を考えてもらいたい。「ば」という音は、子音の「b」と母音の「a」に分解できる。この子音と母音のどちらか一方のみを変えれば、言うなれば0.5文字の変更、ということになるのである。「えんばん(円盤)」に対して、一文字だけ変えた「えんこん(怨恨)」と0.5文字だけ変えた「えんさん(塩酸)」を見てもらいたい。後者の方が、語感としてはより原型に近いことがわかるだろう。母音を変えると語感は大きく変わってしまうので、子音の方を変えるのがミソである。
 と、ここまで考えて大体の方針は定まった。「enban」の発音のうち、「b」のみを他の子音に置き換えてダジャレを作ろう。
 では、どの子音に変えればいいだろうか。「k」に変えれば「えんかん(鉛管)」、「s」に変えれば先ほど出た「えんさん(塩酸)」、「m」に変えれば「えんまん(円満)」、といろいろ考えられるが、ここでは元の音「b」が濁音であるという点に注目する。濁音を清音に変えるよりは濁音のままにしておく方が語感は近い。濁音といえば「g」「z」「d」であり、それぞれ「えんがん(沿岸)」「えんざん(演算)」「えんだん(縁談)」となる。語感から考えた場合、この三つの候補は同じラインに並ぶ。
 では、この三つのうち、最終的にどれを選択するか。ここで、最初に述べた「意味がかけ離れたもの」という条件が生きてくる。これらの候補のうち、最も「円盤」からかけ離れたものはどれか。沿岸。沿岸を飛ぶ円盤。演算。円盤を飛ばすには、さぞ複雑な演算が必要だろう。縁談。……これだ。円盤と最も結びつきにくいのは「縁談」だ。これに決定である。
 決定したのはいいが、実はまだこれで終わりではない。最後の、重要なプロセスが残っている。単に「円盤と縁談」と言ってみたところで、ああ語感が似ているなあと思われるだけだ。それでは人を笑わせることはできない。人を笑わせるには、もう1ステップ必要なのだ。それは、よく知られた語句または文章の中にこれを埋め込む、というプロセスである。
「円盤」を含む、よく知られた語句または文章をあげてみよう。空飛ぶ円盤。謎の円盤UFO。降着円盤。円盤獣。円盤戦争バンキッド。円盤が来た。いろいろあるが、マイナーなものが多い。この中で、もっともよく知られているもの、それはやはり「空飛ぶ円盤」だろうか。よし、これにしよう。というわけで、最終的に「空飛ぶ縁談」というダジャレが完成したのである。円盤と縁談という単語の落差もさることながら、機体を紅白に塗り分けたUFOという何とも言えない光景が想起され、それが笑いを誘うのである。

 と、ダジャレを考えるプロセスを見てきたわけだが、もちろん0.05秒の間にこんな複雑なことを本当に考えているわけではない。ほとんど無意識のうちに、本能的に「空飛ぶ縁談」というフレーズを考案しているのである。と言われるとなんだか難しそうな気もするが、決してそんなことはない。ちょっと気をつけていれば、誰にでもできることである。ダジャレ道への最初の一歩、あなたも、明日からと言わず今日から踏み出してみてはいかがだろうか。努力と、ほんの少しの運に恵まれれば、ダジャレマスターの称号も夢ではないのだ。

 そうそう、ある人のページでこんなダジャレを見つけた。
 ♪亀は夜更け過ぎに〜、武器へと変わるだろう〜。
 このダジャレも実に素晴らしい。「雨」から「亀」で0.5文字、「雪」から「武器」で0.5文字、計1文字の変更で最大限の効果をあげている。元のフレーズとはまったくかけ離れた意味になり、しかもこれはこれできちんと意味が通っているところが素晴らしい。私も、このようなダジャレが量産できるようにもっと精進しよう。
 しかし、私のなら夜更けと言わず昼間から武器に……あ、いやいや、なんでもありません。




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