第69回   ええじゃない蚊 1996.11.29


 いささか時季はずれであるが、今日は蚊の話である。
 なぜ、蚊が人間の血を吸うようになったのか? その理由については、ある本で読んだことがある。

 蚊の脳は、食道の下にある。
 その食道を取り囲むように、脳から脊髄へと神経が連なっている。蚊がもっと高等な生物へ進化するためには、その神経細胞を増やす必要があったが、そうして脳が大きくなってしまうと食道が狭められる、というジレンマが出てきた。食道が狭くなれば食物が通らなくなり、蚊は滅亡の道を歩むことになる。それでは、どうすればよいか? 蚊は、小さな脳で一生懸命考えた。
 そこで結局蚊は、人間から逃げるだけの高等な動きができるように神経細胞を増やすことを選んだ。そして、その分細くなった食道で流動食、すなわち「血」を栄養として摂取することにしたのである。

 なるほど、そういうことか、と納得しかけたのだが、よく考えるとおかしな点がある。
 そもそも、血を吸うようになったために人間から逃げなければならなくなったわけで、ならばわざわざ進化などする必要はなかったのではないか?
 人間から逃げるために進化して、なぜ進化したかというと、人間の血を吸うためであり、血を吸うために人間から逃げる必要が出てきて‥‥あれ? なんだかわけがわからなくなってきた。少し整理しよう。

 まず、蚊は昔は血を吸っていなかった。これはいい。
 そして、人間の血を吸うために進化した。血を吸えば、人間に追われることになる。そこで、人間から逃げられるように進化した。‥‥いいのか、これで? ちょっと違うような気がする。もう一度考えよう。

 まず、蚊は昔は血を吸っていなかった。これはいい。
 そして、人間から逃げられるように進化した。逃げられるから、血を吸っても大丈夫。そこで、人間の血を吸うように進化した。‥‥うーむ、やはりどこかおかしい。

 因果関係が鳳凰の羽根の模様のように錯綜しているようだ。因果鳳凰。このネタはもう古い。
 それはそれとして、やはりどう考えても矛盾する。
 ‥‥ひょっとしてこれは、タイムパラドックスというやつか?

 タイムパラドックスなら、未来から蚊の進化に干渉した者がいるはずだ。一体誰が、何のために?
 「犯人を見つけるには、その犯行によってもっとも利益を受ける者を探せ」と、毎度のことながらゲーテも言っている。蚊が人間の血を吸うことによって利益を受ける者といえば、もちろん蚊取り線香メーカーである。名前をあげるなら、金鳥だ。なぜアースでなく金鳥か、という疑問も出るだろうが、そこは後々のダジャレの都合上、お許しいただきたい。

 では、金鳥が蚊の進化に干渉したのはいつのことか? 夏への扉、というくらいだから、季節は夏だろう。干渉の夏、日本の夏。そして時代は、中国は金の王朝の時代ではないだろうか。金朝の夏、日本の夏。

 余談になるが、金鳥では、レーザー光線で蚊を落とす機械を開発中らしい。蚊取り閃光である。この機械は、いくつかのアイデアの中から選ばれたものだ。蚊取り選考である。なぜ選ばれたかというと、開発がもっとも進んでいたからだ。蚊取り先行である。中学二年のときの担任の教師。香取先公である。

 余談はさておき、このような歴史への干渉を、タイムパトロールは決して許しはしないだろう。もちろん、金鳥も黙ってやられるわけにはいかない。これから、金鳥とタイムパトロールの壮絶な戦いが始まる。いや、もう始まっているのか? この辺が、タイムパラドックスのややこしいところである。
 まあ、戦うのはかまわないのだが、私の家のまわりでやるのはやめてほしい。キンチョ迷惑である。


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