第70回   キリンと麒麟 1996.12.1


 私は、幼稚園の頃まで、大阪の天王寺に住んでいた。近くには天王寺動物園があり、よく遊びに行ったものだ。  そこにはもちろん、キリンもいた。だから当時は、あの、長い首を持ち、黄色の胴体に茶色のまだら模様がある動物を「キリン」だと思っていたのだ。
 しかし、成長するにつれて、別の「キリン」が存在することがわかってきた。そう、漢字で書く方の「麒麟」である。

 麒麟は、中国で伝説として伝えられてきた動物である。その国の帝が徳の高い聖人であるときだけ姿をあらわす動物で、龍の頭、鹿の胴、牛の尾を持っているという。
 ‥‥と言われても、その姿が思い浮かばない人がいるかもしれない。そういう人は、お手元のキリンビールを見てもらいたい。ラベルに描かれている妙な動物、それが麒麟である。
 キリンビールがない人は、お手元の『ウルトラ怪獣大百科』を見てもらいたい。ウルトラマンの「ミイラの叫び」の回に登場した怪獣ドドンゴ、この怪獣が麒麟のイメージにかなり近い。
 キリンビールも『ウルトラ怪獣大百科』もない人は、あきらめてもらいたい。人間、あきらめが肝心である。和尚は鑑真である。

 いきなり話はそれるが、麒麟とはオスとメスを合わせて言ったもので、オスが麒、メスが麟である。古代中国ではこのように、動物のオスとメスを別の漢字であらわすことが多かった。
 たとえば鳳凰は、鳳がオスで凰がメスである。いつ頃からこう呼ばれていたかというと、殷の時代からではないだろうか。殷が鳳凰。しつこい。
 さらに狼狽は、狼がオスで狽がメスである。狼はともかく、狽は何者か、というと、狼に似ているが前足が短いそうだ。そして、いつも狼の後部に乗って歩いている。狼から離れるとうまく歩けなくてあわてふためくので、狼狽は「うろたえあわてる」という意味になった、ということだ。

 話を元に戻す。
 実在の動物であるキリンに、伝説の動物である麒麟の名前がつけられたのは、明の時代のことだ。
 永楽帝という帝は大変好奇心の強い人物で、世界中の珍しい文物を見ることを好んだという。そんな永楽帝の元へ、ある日、インドのベンガル地方からキリンが送り届けられた。もちろんベンガルにはキリンはいないので、これはさらにアフリカのマリンディ王国から取り寄せたものである。
 アフリカから中国まで旅をするとは、キリンも大変である。中には、到着する前に死んでしまったものもいたかもしれない。そういう場合は、キリンの入っていた箱のみが到着したのだろうか。は〜るばる来たぜ箱だけ〜。
 それはともかく、永楽帝は使者にその動物の名前をたずねた。すると使者は、「ギリン」と答えたのである。ベンガルでは「ギリン」と呼んでいたのだ。その発音が麒麟と似ているところから、中国では麒麟と呼ばれるようになった。
 そんなダジャレのようなことでいいのか、と思われるかもしれないが、本当のことなのだから仕方がない。まったく、ダジャレの好きなヤツはどこにでもいるものである。
 しかし、ベンガルにいたときのキリンは、やはりカレーを食べていたのだろうか。それでカレーが大好物になったとしたら、キリンジャーである。それはキレンジャー。ゴレンジャーを見ていた人だけ笑ってください。


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