第93回   敦煌にて 1996.12.27


 砂漠と岩山が果てしなく続く。
 西へ延びた道を歩いていくと、砂漠と同じ色をした建物が見えてくる。ここは、古くから交通の要所として栄えた場所だ。ようやくたどり着くことができた。
 シルクロードの旅の途中に立ち寄った街、敦煌。私はここで、一人の日本人女性に出会った。

 彼女の名は、浜野雅子といった。化粧はほとんどしていないが、ショートカットがよく似合う、知的な感じの女性だ。某大学の大学院で、考古学を専攻している学生だという。敦煌には、遺跡の発掘のために来ているとのことだ。
 彼女が気に入った私は、しばらく敦煌に滞在することにした。

 私は、彼女に案内されて発掘現場を見学した。ちょうど、何か大物が発見されたらしく、人々が集まっている。私もそばに寄って見た。鐘のようである。かなり大きい。しかし、金属製ではないようだ。土でできているのだろうか。土器は鐘なり。
 その近くでは、青磁の皿が発見されたようだ。これもかなり大きく、重そうだ。聞くと、かなり古いものだという。古さとは、陶器にありて重いもの。

 翌日、彼女は敦煌の郊外に案内してくれた。とてもすごいものがあるらしい。すごいもの‥‥それを聞いて私は妙な想像をしてしまい、陽光の照りつける下にもかかわらず興奮してしまった。ひなたぼっきである。
 この季節、日差しは強い。サンバイザーは必需品である。私たちは汗をにじませながら、岩山の前に到着した。
「ほら、あれよ」
 彼女が指さす。その先には、見事な石窟寺院があった。‥‥なるほど。やはり私の勘違いだったか。てっきりセックスシーンだと思っていた。

 数日間行動を共にするうちに、私と浜野雅子は次第に親しくなっていった。そして彼女は、『養老乃瀧』敦煌東店で、裏話を打ち明けてくれた。店はかなりにぎわっているが、私たちの会話を聞いている者はいないようだ。浜野あなたの裏トーク、さいわい誰も聞いてない、ということである。
 酎ハイを前に、彼女はケントを取り出した。そしてケントに火をつけ、ぽつりぽつりと話し出した。
 それによると、この敦煌で賢太郎という恋人ができたそうだ。やはり、発掘隊のメンバーだった。資金が底を尽きかけ、発掘隊を縮小せざるを得なくなったとき、彼女はここに残留するメンバーに志願した。そして、当然賢太郎も残留すると思っていたのだが、賢太郎は一人で帰ってしまった、ということだ。彼女は怒った。つまり、彼氏残らず腹が立つ、である。
 後にわかったことだが、賢太郎は日本に恋人がいたらしい。つまり、彼女はだまされていたのだ。雅子をかついだ賢太郎、ということである。

 そんな話をして、雅子と友人になってから数日後。
 朝起きてみると、発掘現場の方がなにやらあわただしい。話を聞くと、盗掘があった、とのことだ。私もすぐに現場に駆け付けた。おっと、サンバイザーを忘れてはいけない。駆け付けサンバイザー。
 現場に着いた。見ると、発掘途中の物品がごっそりと持って行かれている。その前で、雅子は意気消沈したように立ち尽くしていた。‥‥こんなところにも泥棒がいるとは。世に盗人の種は尽きまじ、とはよく言ったものである。
 雅子は、かなり落ち込んでいるようだ。私は、なんとか彼女をなぐさめようとして声をかけた。
「元気出せよ。盗まれたものはかえってこないかもしれないが、なに、また掘ればいいさ。きっとすぐに、もっと素晴らしいものが見つかるはずだ。ほら、昔から言うだろう、えーと‥‥」
 そう言いながら私はポケットをさぐった。しかし、煙草は切れていた。私は雅子の方に手を差し出して言った。
「ケントちょーらい」
 それを聞いて雅子は笑い出した。ウケたようである。これで少しは元気を出してくれるといいのだが。
 雅子は笑い続ける。私のダジャレでこれだけ笑ってくれるとは、いい友人だ。まさに、浜野雅子はウケる友、である。

 そしていよいよ、私が敦煌を去る日がやってきた。私は雅子に、帰りも必ず会いに来る、と約束した。
 雅子は私に、餞別としてオーデコロンを贈ってくれた。聞いたことのないメーカーで、どうやら中国製らしい。ダルマの絵が描いてある。‥‥なるほど、ダルマさんのコロンだ。


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