第94回   年の瀬の風景 1996.12.30


 どうやらサマルカンドで風邪をこじらせてしまったようで、二日間ほど寝込んでいた。
 その熱もようやく下がってきたので、さて、新年を迎える準備でもしようかとはりきってみたものの、気がつけば今年最後のゴミの日はすでに過ぎ去っており、これでは大掃除もままならないのであっさりとあきらめ、とりあえず買い物だけはしておこうかと思ったわけで、買い物に行くとなれば大阪では当然、黒門市場なのであるが、そういうわけで何かといそがしい年の瀬かつ病み上がりなので手抜きモードで勘弁してもらおう。

 黒門市場は、今年も大勢の人でにぎわっていた。人混みをかき分けて行くが、なかなか前に進まない。テレビの中継もここが定番となっているので、たくさん来ている。NHKはもちろんのこと、毎日放送、朝日放送、関西テレビ、読売テレビ、テレビ大阪、CNNやペルー国営放送まで来ていた。
 テレビが来ているとなれば、必ずいるのがカメラに向かってVサインをするガキである。うっとうしいが、これも年中行事のうちだと思って私も両手でVサインを作ってカメラの前に行こうとしたが、画面に写る直前に中継は終わってしまった。サインはフイである。

 気を取り直して、鯛でも買おうかと魚屋を探して歩き出した。ふと横を見ると、一升ビンを持ったオヤジが千鳥足で歩いていた。昼間から、相当酔っぱらっているようだ。青天のへべれけ、というやつである。
 さらに私の前方では、よそ見をして歩いていた老人同志が正面衝突しそうになっていた。危ない、と思ったが、あわやのところで衝突は回避できたようだ。年寄りのニアミスである。

 そんな光景を見ながら、私は今年一年を振り返ることにした。この、日記だかなんだかわからないものを書き始めたのは9月のことである。ダジャレを使いはじめたのはいつ頃だろう、と思って読み返してみると、第6回からすでに使っていたのだ。なるほど、当初の方針はまったく変わっていない。安心した。
 では、9月以前は何をしていたかというと、それは秘密である。私の過去は、あまり人に言えるようなものではないのだ。‥‥などと考えていると、社民党の党首が突然あらわれてこう聞いた。
「どーいった過去?」
 ‥‥総選挙で惨敗して、ヤケになっているのかもしれない。

 ようやく魚屋に到着した。さっそく、威勢のいいオヤジが声をかけてきた。
「にいちゃん、どないや、この鯛! 安うしとくで」
 見ると、かなり大きな鯛である。こんな大きなものを買うと二三日は鯛ばかり食べることになってしまうだろう。あさっても鯛、である。だいたい、そんな大きな鯛を買う金などない。私はオヤジに言った。
「安物がいいの、銭うちない」
 オヤジは、私のために小さな鯛を出してくれた。
 ところが、金を払おうとして財布を取り出した私は愕然とした。シルクロードを旅する前に、韓国で両替したきりだったのだ。日本円は一円も入っていない。困った。
 ウォンで支払えないかと交渉してみたが、駄目なようだ。しかし、京都か奈良に行けば、頼めばウォンで支払える魚屋もある、とのことなので、そちらへ行ってみることにした。
 頼めば京都市、奈良市のウォン、ということだ。

 最後のオチがこんなのでいいのか、という疑問は残るが、今年の補陀落通信はこれで終わりである。また来年、お会いしよう。
 それでは皆様、よい落としを。


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