第97回   ピアノを弾く 1997.1.6


 久しぶりに、ピアノを弾いてみようと思った。

 愛用のグランドピアノは、部屋の片隅でほこりをかぶっている。まずは、このほこりを払うことから始める必要がある。蓋を開けようとしたが、蓋がない。さらに鍵盤を見ると、「ミ」の白鍵もなくなっているではないか。ミも蓋もない、とはこのことだ。
 蓋はともかく、白鍵がなければ弾くことはできない。私は白鍵を探し始めた。‥‥あった。床の上に転がっている白鍵を発見した。これで弾くことができる。

 ピアノの前に座り、楽譜を広げる。バッハである。知らない人もいるだろうが、「バッハ」と呼ばれる音楽家は一人ではなく、たくさんいる。なかでも大バッハ、中バッハ、小バッハなどが有名である。中バッハなどは、映画『スターウォーズ』にも出演していたほどだ。

 私はバッハを弾きはじめた。ずいぶん久しぶりだが、まだまだいける。これなら、春の発表会もなんとかなるだろう。
 調子にのって弾いていたら、ペットのポチがやってきた。ポチもピアノが弾けたなら、と思ったのだが、それはさすがに無理だ。弾けるとしたら「猫ふんじゃった」くらいだろう。なにしろポチは猫なのだ。

 ずっとバッハを弾き続けていたら、さすがに飽きてきた。何しろ64曲も弾いたのだ。バッハ64である。
 いやになった私は、楽譜を床に放り出すと踏みつけた。バッハ踏み踏みである。
 すると、私の足に激痛が走った。足の裏が切れて血が出ている。驚いて楽譜を調べてみると、はさみがはさまっていた。このはさみで切ったのだ。これはバッハのたたりだろうか。まさに、バッハとはさみは怖いよう、である。

 なお、言うまでもないことだが、私は本当はピアノなど弾けないのだ。ここに書いてあることを信じてはいけない。信じるものは足元をすくわれる、のである。


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