第232回   マニュアルに従って  1999.1.6





 近ごろやおい本がとんでもないことになっている。
 やおい本といってもご存じのない方もあろうから説明しておく。ナチスドイツがUFOを開発していたり米軍の秘密基地で数万人の宇宙人が様々な研究をしていたりカラスの死体は異次元に消えたりという内容の本のことだ。いやいやそれは矢追本である。水に溺れて死んだ人のことだ。いや、それは土左衛門だ。ほんとはつまりあれだ。漫画や小説の男性キャラクターの同性愛関係を描いた同人誌のことである。なぜそれを「やおい」と呼ぶかについては諸説あるが、「やっぱり、おしりが、いい気持ち」の略、との説が有力である。

 先日、とある同人誌即売会に参加する機会があり、会場をうろうろと歩いていたのであるが、そこに数百軒に及んでやおい本のブースがあったのだ。やおい本がいまや、同人誌界の一大勢力になっているのは知っていたが、それにしてもこれほどまでに様々な分野のものが存在するとは知らなかったので驚いた。特にミステリ関係のものが多いようである。いくつか挙げてみよう。
 ホームズとワトソンのやおい本。
 ポアロとヘイスティングズのやおい本。
 ルパンとガニマール警部の対決やおい本。
 デュパンとオランウータンの獣姦やおい本。
 明智小五郎と小林少年のショタコンやおい本。
 金田一耕助と金田一一の祖父孫やおい本。
 建築探偵桜井京介と建築探偵藤森照信の建築やおい本。
 清涼院流水キャラ総出演の大乱交やおい本。
 作家アリスと学生アリスの時空超越メタやおい本。
 中禅寺秋彦・関口巽・榎木津礼二郎・木場修太郎の四つ巴やおい本。
 ぬっぺっぽうとひょうすべの妖怪やおい本。
 妖怪座敷童子のロリショタやおい本。
 それぞれのやおい本の表紙には、内容を彷彿とさせるようなカットというかイラストというか、そういうあれが載っているのだが、美形キャラの場合はまだいいとして、ぬっぺっぽうとかひょうすべとかしょうけらとかの場合は絶句するしかない。まさに、この世のものとも思えない表紙だ。かなりなことになっている。

 さらに会場をうろついていると、何やら聞いたことがあるような名前が目に入った。近寄って見てみると、こう書いてある。
「ダジャレ探偵久遠寺翔吾×四条警部やおい本、緊急発売!」
 なんなんだそれは。ダジャレ探偵といえば私の作品ではないか。どういうことだ。しかし、読者が数百人しかいないようなマイナーな作品のやおい本を出して売れるのか。とにかく一冊買ってみることにした。
 中味は何本かの小説と漫画で構成されている。で、その内容といえば、こんなものである。


「今回は難事件でしたね、久遠寺さん。男が男を犯すとは私の理解を越えていますが、いやしかし、解決してよかった」
「そうですね、サラ金のトラブルがらみのでしたが、不思議と陰惨なところはありませんでした。いわば、ほのぼのローンほのぼのレイプ、といったところでしょうか」
 私は煙草に火をつけながら、横目で四条警部を見る。今夜こそ、絶好のチャンスかもしれない。
「どうです警部? 今夜は、事件解決の祝杯といきませんか?」
「いいですね。では、部下たちも呼んで……」
「……いや、たまには二人だけで、ゆっくり語り合いましょう」
「それもいいかも……ちょ、ちょっと久遠寺さん、どこを触ってるんですか」
「まあまあ、いいじゃないですか」
「そ、そんな、久遠寺さん……ダメですって……わ、私は……し、しかし、あなたにこんな趣味があったとは……」
「……ふふ、そうですね、これも……高校が男子校だったせいでしょうか……」
「……と、いうと……」
「高校の、したいときには女なし、ということです」
「さすが久遠寺さん、素晴らしい……ああっ」


 ううっダメだ、もうこれ以上は書き写せない。
 それにしてもなんだこれは。私が創造したキャラクターをこんな風にもてあそぶとは。許せん。責任者出てこい。

 しかし、こんなやおい本まであるとは思わなかった。実在架空有名無名を問わず、すべての男性がやおい本の餌食になる可能性があるようだ。この分なら次のようなやおい本が出てくるのもそう遠い話ではないように思える。
 坪井×今岡のタイガースやおい本。
 小沢×小渕の政界やおい本。
 大久保利通×西郷隆盛の幕末やおい本。
 禁断の皇室やおい本。
 吉本新喜劇やおい本。
 ジョジョの奇妙なやおい本。
 こちら葛飾区亀有公園前やおい本。
 初号機と弐号機の汎用人型決戦やおい本。
 ガンダムとザクの宇宙世紀やおい本。
 シャア専用やおい本。
 遊星からのやおい本X。
 タイタニックやおい本。
 バイアグラやおい本。
 やおい本だっちゅーの。

 やおい本。それは社会の暗黒面である。
 あんまんを作ろうと思ったのに中味がない。なんとかして入手しなければ。それは、あんこ工面である。




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