第253回   遠い国から来たゴウ  1999.4.28





「ご隠居さーん、いるかい? おーい、ご隠居さーん」
「なんだい、誰かと思えば熊さんじゃないか。いるかもいないかもないだろう。一間っきりの長屋なんだ、さっきからあんたの目の前にいるよ」
「おや、ご隠居、こんなところで会うとは奇遇ですなあ」
「何を言ってるんだい。で、今日は一体何の用だね?」
「へえ、今日はちょいとご隠居に、知恵を借りたいと思いましてね」
「ほう、なんだい」
「ええ、実は、ここだけの話ですがね、もうすぐゴールデンウイークなんでさあ」
「ここだけの話ってことはないだろう。ここでもあそこでも、日本中ゴールデンウイークだよ。で、ゴウがどうしたって?」
「は? なんですかゴウってのは?」
「ゴールデンウイークのことを、ゴウって略すんだよ。今から三年前に、新屋健志って人が考えたんだ」
「ほほう、あの新屋さんがねえ」
「おっ、熊さん、新屋健志を知ってるのかい?」
「いや、自慢じゃねえが全然知らねえ」
「なんだいそりゃ。もっとも、知ってても自慢にはならないけど。まあ新屋健志のことはどうでもいい。そのゴウがどうしたって?」
「へえ、うちのかかあがね、せっかくのゴールデンウイークだから、どっかへ遊びに連れてけってうるさいんでさあ。ゴールデンウイークには家族そろって遊びに行くのが昔からの日本の習慣だって」
「なんだ、そんなことか。連れていってあげればいいじゃないか」
「せっかくの休みなんだから、家でゆっくり寝てたいじゃねえですか。だいたい、遊びに行くような金もねえし」
「だったら、そう言ってやればいいだろう」
「そんなあ、かかあに面と向かって口答えできるもんなら、こんなとこには来てませんって。しくしくしく……」
「ほらほら、いい大人がめそめそ泣くんじゃないよ、情けないなあ。で、わしにどうしてほしいんだい?」
「しくしくしく……ええ、だから、なんとかかかあの気を変えて、どこにも連れていかずにすむような知恵はないですかねえ」
「そんな都合のいい話が……あるよ」
「えっ、あるんですかい? おっ、教えてください、早く!」
「まあまあ、あわてるんじゃないよ。そうだねえ……熊さんや、そもそもゴールデンウイークってのは、どういう由来か知ってるかい?」
「由来? い、いやあ、知りませんが」
「日本語で言うと、黄金週間、になるんだけどねえ」
「いや、全然わからねえや」
「まあ、知らないのも無理はない。教えてあげるから、よく聞きなさい」
「へえ」
「ところはアメリカ新大陸、時は西部大開拓時代、一攫千金を夢見る者たちが大挙して西へ西へと押し寄せていった」
「な、なんだかとんでもねえところから話が始まるねえ」
「というのも、カリフォルニアで砂金が発見されたからじゃな。コロラド川の川底で砂金を発見した男がいて、たちまち大金持ちになった。そして、よく調べてみるとカリフォルニアの周囲は金鉱だらけ、ということがわかったんじゃ」
「へえ、金鉱毛だらけ猫灰だらけ、ってやつかい」
「まぜっかえすんじゃないよ。で、その噂を聞きつけた者が金鉱目当てに続々と西部へとやってきたわけだ。いわゆる、ゴールドラッシュじゃよ」
「あ! なるほど、黄金ってえのはそれかい。じゃあ、週間ってのは……」
「まあまあ、最後まで聞きなさい。砂金というのは、川底でよく見つかる。アメリカのゴールドラッシュでもコロラド川の川底から発見されたわけじゃが、その発見された時期というのが、ちょうど4月29日から5月5日の間だったんじゃ」
「へえ、偶然だねえ」
「ところが、偶然ではないんだな、これが。あとで調べてわかったんじゃが、この時期というのは、ちょうどロッキー山脈の雪解け水が流れてくる時期に当たる。この水が金鉱から金を少しずつ削り取って、川まで運んでいたんじゃよ。だから、毎年この時期になると川底には砂金が大量にたまるんじゃ。そして、いつしか人々は4月29日から5月5日の間を、ゴールデンウイークと呼ぶようになった」
「なるほどねえ……でも、どうしてそれが日本に伝わったんですかい?」
「そう、そこだ。当時の西部には、たった一人だけ日本人がいた。太平洋を漂流して絶海の孤島に漂着し、その後アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助され、ハワイ経由でアメリカ本土にたどり着いた、土佐の国は中浜村の万次郎、ジョン万次郎だ」
「ほほう、あのジョン万次郎がねえ」
「……どうせ、万次郎も知らないんだろう?」
「さすがはご隠居、すべてお見通しで」
「知らないんなら黙って聞きなよ。いいかい、万次郎は、日本に帰るための船を買う資金を得るため、カリフォルニアの金鉱で働いていたんじゃが、そこでゴールデンウイークという言葉を知ったんじゃろう。そして万次郎は日本に戻り、明治政府のために働くこととなる。ゴールデンウイークという言葉は、万次郎から広まったんじゃな」
「なるほどねえ……」
「ところが、日本ではいつのまにか本来の意味は忘れ去られ、大型連休のことになってしまった。まあ、外来語にはよくあることじゃがな」
「なるほどねえ……」
「だから、もともとゴールデンウイークってのは、休みともレジャーとも関係がないんじゃよ。こう言って本来の意味を説明すれば、熊さんのかみさんもわかってくれるんじゃないかね?」
「なるほど! よくわかった。さすがご隠居、頼りになるねえ」
「帰ってかみさんを説得するかい?」
「いや、さっそく海外旅行の準備でさあ」
「おいおい、そんな金はない、って言ってたんじゃないのかい?」
「大丈夫。あっしもアメリカ行って、砂金取ります」




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