第333回   鳥着く島もない  2001.4.15





 沖ノ鳥島。
 そこは日本最南端の島である。台湾よりも南、緯度的にはハワイと同じくらいのところにある熱帯の島だ。伊豆諸島・小笠原諸島などと同じく、行政上は東京都に属する。
「都内では破格の安さの一戸建て、絶賛販売中!」などという広告に誘われてのこのこ出掛けてみると、そこは小笠原諸島の孤島の一つだった、などというのはよく聞く話だが、沖ノ鳥島についてはそのような詐欺の話も聞いたことがない。それもそのはずで、沖ノ鳥島は非常に狭いのである。一戸建ての住宅を建てられるだけの面積さえない。人ひとりが立っているのがやっと、という程度の広さしかないのだ。満潮時には70センチほどの岩礁が海面からちょこんと顔を出すだけ、島と呼ぶのもおこがましいほどである。もちろん無人島であり、鳥すら住んでいない。鳥が巣を作るだけの広さすらないのだから当然だ。瀬戸内海あたりにあったなら「邪魔だ」と言われてすぐに削り取られてしまいそうな島だが、実はこの島、日本にとっては非常に重要な島なのである。
 重要と言っても、別に自衛隊の駐屯地や気象庁の測候所や悪の組織の秘密基地があるわけではない。そもそも駐屯地や測候所や秘密基地を作るだけの面積はないのだ。重要なのは経済水域のためである。経済水域とは漁業や採掘が自由にできる海域のこと、この沖ノ鳥島のおかげで日本は広大な面積の経済水域を確保できているのだ。こちらのページの地図を見てもらいたい。経済水域にとって、沖ノ鳥島がいかに重要かがわかるだろう。この地図では北方四島も日本の領土になっているようだが、まあそういう細かいことは気にしないように。
 この写真にあるとおり、沖ノ鳥島は東西5キロ、南北2キロほどの珊瑚礁の島だ。珊瑚礁は満潮時には水没してしまい、顔を出すのは東小島と北小島という二つの岩礁のみ、昔はもっと大きな島だったのだが、太平洋の荒波に洗われて少しずつ削り取られ、今や残っているのは小さな岩礁が二つ、という体たらくである。このままにしておけば島が消滅するのは時間の問題だ。領土とは満潮時にも水没しない土地のこと、というのは国際領海条約での了解事項である。あと70センチ削られてしまえば領土ではなくなってしまう。って、いや、だからそれだと困るんだってば。
 そこで日本政府は、この領土を保持すべく極秘裏に作戦を決行した。災害復旧工事という名目で、1988年に285億円の巨費を投じて護岸工事をおこなったのである。その工事の結果が、先ほどのページの下の方にある2枚の写真だ。何やら秘密基地の入り口でもあるかのような怪しげな姿ではあるが、丸く見えるものはコンクリートと消波ブロックである。島は中央の小さな穴からちょこんと顔を出しているだけで、この写真では確認しにくい。
 なにもそんな面倒なことをしなくても、岩礁自体をコンクリートで固めてしまえばいいのではないか、と思うかもしれない。しかしそれはできないのだ。国際法上、人工島は固有の領土とは認められないのである。そんなものを領土と認めてしまえば世界中の公海上に人工島がボコボコと作られることは必定、国境問題がさらにややこしくなってしまう。関西国際空港なども、今は幸い日本の領海内にあるから問題はないが、日本列島が大地殻変動に襲われて関空以外全部沈没などという事態になってしまえばもう日本の領土はなくなってしまうのである。しくしく。
 というわけで、こんなややこしい護岸工事などをおこなわねばならなかったのだ。
 このように、日本政府の決死の努力のおかげで沖ノ鳥島の平和は守られた。しかし、これで安心してはいけない。我々が平和の尊さを忘れておごり高ぶったとき、必ずや第二第三の危機が襲来して警鐘を鳴らすことであろう。

 と言っているそばから警鐘を鳴らされてしまった。地球温暖化である。
 地球温暖化のために北極や南極の氷が解け、海面が上昇する。70センチも上昇すればもうアウトだ。沖ノ鳥島の水没を防ぐことはできない。このような危機に直面しているというのに、日本政府は何をしているのだ。温暖化を防ぐどころか、関空二期工事と称して大規模な埋め立て工事をおこなっているではないか。海中に投棄されたその何万トンという土砂のせいで太平洋の海面が何センチ上昇するのか、わかっているのだろうか。ええと、何センチくらいだろう? 誰か計算してください。
 とにかく、なんとかして沖ノ鳥島を守らねばならない。海面の上昇が避けられないとしたら、何か他に方法があるのだろうか。人工島を作るのは禁止されているから……そうか、ならば鳥にやらせればいいのだ。鳥を調教して岩や石を運ばせ、沖ノ鳥島を埋め立てて大きくしていく。これなら大丈夫だ。国際的にも、なんら非難されるおそれはない。
 こらこらニッポンはん、あの沖ノ鳥島のありさまはどういうこっちゃ。いつのまにかえらい大きゅうなっとるやないか。人工島を作ったらあかんやろが。
 いえいえ滅相もない。あれは、人が作りしものではありません。カラスがやったのです。カラスの勝手です。まあ動物のやることですから、我々人間の意志ではどうにもなりません。仕方のないことです。ホントに。いやまったく。ではまあ、そういうことで。




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