第59回   金印 1996.11.16


 その日私は、会社の窓から増築中の社屋の工事現場を眺めていた。
 工事はようやく基礎固めの段階に入っていた。工事開始から3ヶ月もかかってしまったのは、埋蔵文化財の調査をしていたからである。

 私の会社は、京都府の長岡京市にある。ここは、平城京と平安京の間、約十年ほど都があったところだ。
 古くからひらけていた場所なので、京都市や奈良市ほどではないにしろ、やはり遺跡などが多い。従って、地面を掘り返すときは埋蔵文化財の調査が義務づけられているのだ。
 今回の社屋増築にあたっても、やはり調査がおこなわれた。土器の破片などが発掘されたようだが、大して価値のあるものではなかったらしい。
 しかし、その調査の様子をたまに眺めていた私には、気になることがあった。どうも、調査がおざなりにおこなわれたような気がするのだ。おそらく、指定された面積の十分の一も調査されていないだろう。もし、残りの十分の九の土地に、重要な文化財が眠っていたらどうするのだろう。

 その夜、どうしても気になった私は、懐中電灯を持って工事現場へと向かった。現場は、まだ土がむき出しの状態である。その土の上を照らすと、何かがきらりと光った。小さな金色の物体がわずかにのぞいている。
 私は興奮を抑えて近づく。そっと持ち上げてみると、どうやらそれは金で出来ているようだ。もしや、これは‥‥。土を払ってみると、やはり、金印だった。
 まさか、こんなところから金印が見つかるとは思わなかった。私は金印を裏返し、印刻を読もうとした。読みにくい字で書いてあるが‥‥親‥‥魏‥‥倭‥‥王‥‥親魏倭王!?
 これは‥‥卑弥呼がもらったという、「親魏倭王」の金印か!?

 私はその金印を自宅へ持ち帰った。本来ならばすぐにでも届け出なければならないのだが、せめて一晩くらいは手元に置いておきたかったのだ。
 これは、吉野ヶ里遺跡や三内丸山遺跡に匹敵する、いや、それをはるかにしのぐ大発見である。何しろ、邪馬台国の位置を比定するための決定的な証拠なのだ。私は興奮で眠れなかった。

 その時。
 私の家のドアを、激しくノックする音がした。
 誰かと思って出てみると、突然、黒服にサングラスの男たちが数人、強引に押し入ってきた。そして、有無を言わさず私を縛り上げる。
「なんだ、お前たちは!」
「さるお方の命令でね、金印はいただいていくよ」
 なんと、すでにばれていたようだ。しかし、ここまで手荒な手段を取るのはなぜだ?
「誰だ? その、さるお方とは?」
「私ですよ」
ドアの影から声がした。そして、ゆっくりと一人の男が入ってくる。その顔には見覚えがあった。
「あなたは‥‥まさか、京都府知事?」
「そのとおりです。その金印は、私がいただきます」
「私がいただく? まさか、自分のものにしようというのか?」
「そういうことですよ。これで、私の金印コレクションに、素晴らしい逸品が加わることになる」
 なんだと? この男は、金印を集めてるというのか? しかし、一体なぜ‥‥。
「なぜだ? なぜあなたは金印を集めるんだ?」
 男はニヤリと笑った。私は、嫌な予感がした。
 男は答えた。
「府知事だよ、金印集合!」


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