第109回   復活のダジャレ探偵 1997.1.26


 その部屋の床には、頭から血を流した男の死体が転がっていた。
 部屋の中では、十人ほどの警官や鑑識課員が忙しそうに歩き回っている。京都府警の四条警部が私の方に近づいてきて、メモを見ながら言った。
「死因は頭部への打撃による頭蓋骨骨折のようですね。被害者は、三回殴られています。三回目がとどめの一撃になったようです」
「なるほど」
「しかし、凶器がまだ発見されていません。一体、何で殴ったんでしょう?」
「凶器は‥‥あれですね」
 私は、部屋の隅の戸棚に飾られている壷を指さした。
「どうしてわかるんですか?」
「昔から言うでしょう、三度目の陶磁器、と」
「‥‥さすがは久遠寺さん、素晴らしい推理です」

 私の名は久遠寺翔吾、JDC(日本探偵倶楽部)に所属する私立探偵だ。人呼んで「ダジャレ探偵」である。
 私は、四条警部とコンビを組んで、さまざまな難事件を解決してきた。 『謎のダイイングメッセージ事件』 『謎の密室殺人事件』 『謎の鬼首島連続殺人事件』 などである。
 そう、鬼首島事件の最後で、私は犯人ともに嵐の海に落ちた。死を覚悟していたのだが、私は城崎近くの海岸で目をさました。ここまで泳いで来たのか‥‥とも思ったが、そうではなかった。私の目の前の砂浜に、このようなメッセージが書かれていたのだ。
「墓は死ななきゃ入れない」
 ‥‥私は、何者かに命を助けられたのだ。誰が私を助けたのか、その謎は今に至るも解けていない。
 そして私は、再びダジャレ探偵として凶悪な犯罪と戦うことになったのだ。

 私は犠牲者の家から外に出ると、煙草に火をつけた。目の前は交通量の多い幹線道路である。しばらくして、四条警部も出てくる。
「久遠寺さん、容疑者が浮かびました」
 さすがは四条警部、情報収集は速い。
「まず、被害者は新屋清次(あらやせいじ)、四十六才。死亡推定時刻は昨夜十時から十一時の間です。新屋は四人の人間に高利で大金を貸していて、最近、しつこく返済をせまっていたようです」
「なるほど」
「その四人とは‥‥中塚哲也(なかつかてつや)、日比野正人(ひびのまさと)、古木孝一(ふるきこういち)、畠中一希(はたなかかずき)です。しかし、問題は‥‥この四人が、相互にアリバイを証明しあっているのです」
「どういうことです?」
「昨夜九時から十二時まで、この四人はバーで一緒に酒を飲んでいました。これは、店員の証言もあるから確かです。四人ともトイレなどで席をはずしたことはありますが、せいぜい十分程度です」
「そのバーというのは、どこです?」
「あそこです」
 四条警部は道路の向こうを指さした。走っている車の間から、バーの看板が見え隠れしている。
 道路一本隔てただけならすぐ来れるじゃないか、と思うかもしれないが、この道路はただの道路ではないのだ。片側八車線の、巨大な幹線道路である。横断歩道はない。どの時間帯でも大量の車が走っていて、その間をぬっての横断などできるものではない。信号がある場所は、北側に1キロばかり行ったところにある交差点がもっとも近くなのだ。
「久遠寺さん、犯人はいったい誰なんでしょう? そして、どうやってアリバイを確保したのでしょう?」
 私はダジャレ推理を始めた。程なく結論が出た。
「わかりました。犯人は古木孝一です」
「え、本当ですか?」
「はい。被害者の新屋は、恐怖の形相のまま死んでいました。おそらく、犯人が来たときに、自分が殺される、ということがわかったはずです。つまり、古木がたずねて新屋死期を知る、ということです」
「なるほど、さすがは久遠寺さん、素晴らしい推理です。さっそく逮捕状を取ります」
 四条警部は部下を呼びつけると、簡単に指示を与えた。部下はすぐに駆け出していった。

「犯人はわかりましたけど‥‥あのアリバイは一体、どういうことでしょう?」
「なに、簡単なことですよ」
 そう言うと私は、上の方を指さした。四条警部は空を見上げて叫んだ。
「ああっ!」
 私の指さす先‥‥そこには、歩道橋があったのだ。
「なんと、こんな近くに歩道橋があるとは! これを使えば、十分もあれば犯行は可能だ。こんな大きなものを見落とすとは、一体鑑識の連中は何をしていたんだ。まったく、冗談にも程がある!」
「いや、上段にも歩道がある、ですよ」


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